2010年 07月 06日

6月歌会報告

[かばん関西6月オンライン歌会記]

《参加者》雨宮司、有田里絵、岩本久美(ゲスト/選歌のみ)、十谷あとり(日月/玲瓏)、三澤達世

寒暖の差が激しく、天候不順な空模様が続いた六月。雨にも風にも負けず、兼題十一首、自由詠七首が集まった。兼題は「音」。広がりのある展開を期待した、十谷さんからの出題だった。

まずは兼題から。

叱責を吸い込み黙す子を置いて仕事に向かう 雲が平たい   三澤達世

読みが割れたが兼題の最高得点歌になった一首。読みの割れは、「叱責を吸い込み」で切れるか否かに起因した。切れると踏んだ雨宮に対し、大半の読みは、一字空けまで一気に詠む、というものだった。上句の不穏な空気の先を全く予測させない結句には、好意的な評が集まった。

やわらかな雨が屋根板はねてゆく里山からは鶯の声  雨宮司

「インパクトはないが、無理に何か足すと歌のよさが壊れる」、「『屋根板』という語が効果的で面白い」、という評の出る一方、「上句と下句で一首ずつできるのではないか」「やわらかな雨は屋根板でははねない」というシビアな評も出される、白熱した展開となった。

うはぐすり垂れてとどまる千年を三彩の馬耳をそばだつ  十谷あとり

千年の悠久の時を、何かを聞き取ろうとするように耳をそばだて続ける馬の存在感に、共感が集まった。この馬のごとく千年残る歌を、我々は一首だけでも詠めるだろうか。

空よりも濃い青を着て会いに行く枕木を踏む車輪の音よ  有田里絵

「枕木を踏む」という表現が脱輪をしているようだという指摘があったものの、色彩感覚と高揚感がマッチしているという評価が相次いだ一首。細かい点を直せば大化けしそうです。

陽だまりにしたたるような蔓薔薇と蜂の羽音かブブゼラの音か  三澤達世

南アフリカでサッカーを応援する際に使う楽器・ブブゼラを詠んだ一首。無音にした方が映像が引き立たないか、いずれはブブゼラに註釈をつける必要が出てくるのではないか、など、建設的な指摘が活発に出た。指摘が多いのは原石に魅力と地力がある証拠。

アスミには全ての声は唇の形を通じ受け止められる  雨宮司

アスミが解からない、という評が相次いだが、架空の固有名詞がそんなに問題になるものだろうか? 正鵠を射たコメントもあるにはあったが、無音で音を表すという野心作は不発に終わった。

こころには無明の渚たそがれに天金糸曳く初雁のこゑ  十谷あとり

心象風景を詩的に詠んだ、幻想的な歌。一部が解からなくても他の語句や漢字でイメージをふくらませられそうだ、との好意的な評もあった。一方で、雁の描写を姿か声にまとめた方がいいとの意見もあった。

くちびるを忘れられぬからピアニーの唄口になり待ち続けたい  有田里絵

ピアニーはピアニカと同様、鍵盤ハーモニカの登録商標のようだ(ググり済み)。恋歌の様だが、待つ恋はつらい、切ないを通り越して痛々しいと、共感しながらも辛口の意見が多かった。

続いて自由詠。

動き緩きエスカレーターに青紫蘇の苗持つ人としばしを並ぶ 十谷あとり

エレベーターではない点がミソ。視線があちらこちらに移動するエスカレーターならではの歌であり、しかも相手が青紫蘇の苗を持っている点が独創的だとの高評価が相次ぎ、自由詠部門での最高得点歌となった。

チューリップさかさまに見る宵の口こんなスカートはいて会いたい  有田里絵

多くの者が活け花に仕立てたチューリップを連想した。チューリップスカートやバルーンスカートなどを連想する者、茎が曲がってきた活け花を連想する者など、個々の連想の飛躍が楽しい。嫉妬や嗜虐性の匂いを嗅ぎとる者も。

学名で祖母が求めし植物は平易な名前でいま店先に  三澤達世

植物ほど流行り廃りの激しい市場もない。作中主体の祖母が買ったのは何だったのかという当然の疑問は未解決のままに終わったが、平易な名を物足りなく感じるという心の機微を面白く感じる者が多数を占めた。

じょかじょかと焼酎を湯呑へ注ぐゆっくりゆっくり呑み継いでいる  雨宮司

薩摩の芋焼酎を温めて飲む、黒じょかからのオノマトペの連想が楽しい一首。下句の繰り返しがいただけない、上句のリズムが整理できそう、など、焼酎さながらの辛口のコメントが相次いだ。多数のアドバイスに、感謝。

(雨宮司・記)
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by kaban-west | 2010-07-06 09:47 | 歌会報告


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