2010年 10月 05日

9月歌会報告

《かばん関西九月オンライン歌会記》
[参加者]雨宮司、有田里絵、岩本久美(ゲスト、題詠のみ)、十谷あとり(「日月」「玲瓏」)、杉野裕子(「水甕」、題詠のみ)、月下桜(「コスモス」)、渡口航(「短歌人」)、二階堂メグム(選のみ)、福田貢一(「北摂短歌を楽しむ会」、自由詠のみ)、三澤達世

☆兼題「は」※助詞「は」を除く。
故・仙波龍英『墓地裏の花屋』の巻頭歌をひっさげての兼題発表。嵐の予感をはらみつつ、各自作歌にいそしんだ。おかげさまで広がりのある短歌が集まったと思う。個人的には、「葉」が一首も無かったのが不思議。やはり今年はケタ外れに暑かったか。

〈歯〉
題詠で最も多かったのが「歯」の歌。少し集めてみる。

虫歯には勝てない気がする真夜中の寂しいときほどかなしくいたむ  月下桜

上句に対し、同感だとの意見が相次ぐ。私も治療済みのはずの虫歯のあまりの痛さに夜間診療所に駆けこんだ経験があるが、確かにあれには勝てない。一方で、「寂しい」「かなしい」は直截的だとの意見も出された。

はかがあるよ一年生が指をさす「歯科井上」がビルの間中に  杉野裕子

この歌が一番ありそうでなさそうな加減がうまい、ギャップが面白い、との好意的な意見が出される。そのうえで、子どもの台詞に「」をつけ、「歯科井上」の「」を外した方がいいのでは、との指摘もなされた。

秋晴れの午睡の後にたしかめるマトリョーシカに歯のなきことを  岩本久美

下句が発見の歌だと好評だった。一方、上句の「午睡」がどうしても気になる、という声も。

明日から全部食べると逃げた子の歯形くっきり残るにんじん  有田里絵

高得点歌。心当たりがある、我が子も人参が嫌いだった、情景がよく見える、など、共感や高評価が相次いだ。実力は認めながらも、「にんじん」ではなく人参の料理名を出すべきでは、との意見もあった。

〈その他〉
取り合ふて従弟泣かしし五歳の日〈は〉の文字あかきひらがな積み木  十谷あとり

高得点歌。幼児の頃の断片的な記憶がふとした瞬間に鮮やかによみがえるのがいい、従弟を泣かせたせつなさやケンカするまでの楽しい時間がつまっている、弟ではなく従弟なのがいい、細かい描写がちょうどいい、「は」は使う頻度が高いので取り合いになってしまったのではないか、など、共感する意見が多かった。

周波数666【ろくろくろく】にセットして天気予報に聴き入る夜更け  雨宮司

「周波数666」に関して意見が割れる。この具体性がある為に短歌としての魅力が増す、いろんな想像がふくらむ、という肯定的な意見と、着眼点がユニークなのでどうしても数字に目がいってしまうという否定的な意見とに。実は、関西のAMラジオの周波数では、666はNHK第1の番号。夜更けに獣の数字にセットして天気予報を聞くシュールさがたまらない、との意見も。

くうふくにつられて思ふ切腹は悲し空き腹に刃を差し入れて  渡口航

作者の空想だという点までは認識が共通だが、その後が分かれた。切腹はそんな暢気なものじゃないと思いつつユーモラスさに負けた、悲壮感より武士の潔さや作者のユーモアに好感を覚える、切腹の作法は知らないが消化しかけの食べ物をぶちまけるわけにはいかない、という肯定的な意見があった。一方で、中身がないという否定的な意見もあった。

☆自由詠

人間の悪も邪心も情念もすべて含めて文学となる  福田貢一

内容は正しいのだが……、という意見が大勢を占めた。短歌には具象を通じて抽象を語るという作業が必要となる、短歌としてはこの先にもう一歩進む必要がある、情念の歌を見てみたい、という指摘が相次いだ。短歌をやる人間が文学について「上等で清いものだ」と思っているのだろうか、そうじゃない面もあるというのはわかっているのではないか、という激辛の意見も。

答案のマークシートがひとつずつずれてる夢をこのごろ見ない  三澤達世

高得点歌。今でも受験に苦しむ夢を見る、私は体操服を忘れて隣のクラスに借りに行く夢を見る、遅刻しそうなのに準備できていない夢を最近見なくなった、など、共感する意見が多かった。そのうえで、歌としてはストレートすぎて工夫がないのでは、という指摘もなされた。見ない、と言うことで、見ていた、という否定の否定が浮かびあがってくる、という技巧的な指摘もあった。

この原稿が掲載されるのは十一月となる。晩秋の寒さに襟を合わせる季節に、記録的な酷暑の中での詠草はどんな感慨をもって読み返されるのだろう。

(雨宮司・記)
[PR]

by kaban-west | 2010-10-05 18:51 | 歌会報告


<< かばん関西&レ・パピエ・シアン...      8月歌会報告 >>