かばん関西歌会

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2011年 04月 04日

3月奈良吟行会報告

[二〇一一年三月かばん関西吟行会・歌会記]於奈良・東大寺二月堂周辺
 二〇一一年三月十三日開催

〈参加者〉雨宮司・黒路よしひろ(ゲスト)・十谷あとり(「日月」/「玲瓏」)
〈選歌のみ参加〉有田里絵・野間亜太子・三澤達世

 東北の大震災が発生してからわずか二日後。開催が危ぶまれたが、ともかく実施しようとの呼びかけで、三人が集まった。
黒路氏はこれが初の吟行。腰痛をおしての参加となった。「絶対笑わせますから」と抱負を語ってくれた。短歌に何を求めるかは人それぞれだから、まあ、お手並みを拝見といったところか。MLで選歌に参加して下さった皆様、お忙しいところ、深謝。

歌詠んで歩く三人組がいる弥生の青丹よし奈良の路  黒路よしひろ 2点

県庁の星になりたし県庁を眺める鹿の遠い眼差し  1点

鹿のやつ俺のかばんに噛みついて離さねんだよ、あおによし奈良   4点

☆まずは期待のルーキー、黒路氏の短歌から。
 一首目。挨拶歌だが感傷的でなく明るい、吟行そのものをことほいでくれてうれしい、という評があった。他に、枕詞の句跨りを初めて見た、との評も。一方で、吟行詠全体についてだったが、枕詞は使わない方がいい、との評もあった。
 二首目。映画「県庁の星」とは全く関係なく、鹿は県庁に憧れるのかもしれない、鹿の視線の先を県庁と見たのが秀逸、との評があった。ネタばらしをしてしまうと、実際に県庁の前庭に鹿が鎮座していたのを見ていた、というのが正確なところらしい。読者には誤読の権利があるから、失望はしないように。
 三首目。ここで黒路氏の美質が如何なく発揮された。「離さねんだよ」。これまでの吟行で、ここまで生々しく、かつ破壊的で魅惑的な表現があっただろうか。このフレーズにコミカルさを感じ、選歌する者が多数出現、高得点歌となった。黒路氏も喜んだことと思う。

をとこひとり鳩に投げやる麺麭屑のなくなりしのちベンチを去らず  十谷あとり 3点

下萌はいまだ兆さず神の庭を耳あたたかきけものは歩む  3点

風の鳥光の鳥をてのひらに隠して立てば満開の梅  1点

☆お次は実力に定評のある十谷氏の短歌。
 一首目。普通はパン屑を鳩にやってしまったら立ち去るところを、去らせなかった点に高い評価が集まった。「永遠」が生じたような驚きがある、考え事をしているのでは、と、去らない理由の謎が注目された。一方で、奈良公園である必然性がないのでは、との疑問も出された。
 二首目。「神の庭」「耳あたたかきけもの」という表現に、崇高さ、神話性を読み取る見解が出された。確かに、これが「鹿」という表現になると途端に俗っぽくなってしまう。
 三首目。風や光を「風の鳥」「光の鳥」と表現したのは見事、という意見の一方、美しさを感じつつも情景が掴みにくいという見解も出された。もう一首選べるのなら選びたかった、という意見も目立った。実は隠れた秀歌なのでは? 惜しい。

ただ一本柳あおめる池の傍泣けとばかりに天ただ広い   雨宮司 1点

組木とは知ってはいても仁王様あなたの母なる木は太かろう  4点

馬酔木咲く春の木立を歩みつつゆるい登りの坂を楽しむ  3点

☆ラストを飾るはへっぽこ歌人の、不肖・雨宮。どうなることやら。
 一首目。黒路氏が吟行詠の魅力を、感覚の共有だと指摘していたが、雨宮の狙いはそれ以外にもあった。「柳あおめる」「泣けとばかりに」は、東北出身の歌人・石川啄木の短歌で用いられており、未曾有の被害を受けた東北地方への鎮魂の意味合いもあったのだ。本歌取りは、やっぱり共通認識がないと通用しないのかもしれない。
 二首目。作者の予想に反し、高得点歌となった。仁王様の御利益だろうか? 評を分析してみると、仁王像にもそれを組んでいる木材にも尊厳や素晴らしさを読み取ったというものが多数。そこまでは考えていなかったのだが。
 三首目。力みなく詠んでいるのがよいという評が多数を占めた。馬酔木に居住地よりも早い春の到来を感じたとの評もあり、意外にも票が伸びた。

 また機会があれば参加したいとの黒路氏の言葉があり、雨宮も十谷氏も、実施してみることの重要性を再認識した。最後になったが、今回の東日本l大震災で罹災された方々に、衷心よりお悔やみと激励の言葉を申し上げたい。  (雨宮司・記)
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by kaban-west | 2011-04-04 10:34 | 歌会報告


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