かばん関西歌会

kabanwest.exblog.jp
ブログトップ
2014年 09月 08日

8月歌会報告

かばん関西二〇一四年八月歌会記

【参加者】雨宮司、新井蜜(かばん/塔)、有岡真里(飛聲/購読)、有田里絵、小野田光、ガク(ゲスト)、紀水章生(中部短歌会/塔)、黒路よしひろ(ゲスト)、小坂井大輔、佐藤元紀、十谷あとり(日月)、蔦きうい(玲瓏)、とみいえひろこ、福島直広、兵站戦線(かばん/塔)、茉莉(ゲスト)、三澤達世

今月の兼題は「新しい」です。進行係の有田さんが、街を歩いていたら「新しいやん」と若い女性が「ゆってたもーん♪♪♪」、との事で決まったお題です、詠込不問。それでは皆さん心して、どうぞ。

薄青のひらきつつあるあさがほに小雨ふる朝きみと別れた  新井蜜
ひらきかけたのに別れたなんてせつなくなる歌だ、さびしい朝の別れがさりげなく表現されている。完璧すぎる情景だったり、きれいすぎるかなとの意見もあった。

新仮名で書くならあずさ旧仮名で書くならあづさ口寄せる巫女  黒路よしひろ
神聖なる梓巫女の歌かと思わせていて、実は黒路氏が心密かに思いを寄せるあずさちゃんへの相聞歌だったのだ、まさか本人作だったとは!かばん関西皆の願いとして、黒路氏には幸せになってもらいたいのである、うふっ。

禾ある草、怒り、土、雨、夕星に名をし与へよあたらしき名を  十谷あとり
既に名のあるものに新しく名を付けようという気持ちの勢いや、普遍的な強さが感じられる。やや観念的に偏りすぎたかも知れない、との意見もあったが切実で力強い一首だ。

新しい花がおそらく降ってくるこの古ぼけた町を埋めんと  雨宮司
古ぼけた町、という表現に我が町への愛着、そこを埋めようする新しい花につい想像がふくらんでしまう。複雑な心情がひしひしと伝わってくる一首だ。おそらく、という曖昧な表現には賛否が別れた。

新しいノートに綴る一篇の詩には明るい言葉を散らそう  茉莉
明るく前向きで爽やかな読後感。やり直したい気持ちにただただ一辺倒に前向きな表現、そこに気恥ずかしさと共に、共感と郷愁が感じられる。短歌というより自由詩に近いとか、類型的に終わっているとの意見もあった。

ドラえもん大好きだけど新しい大山のぶ代はダメだ慣れない  小坂井大輔
‘新しい大山のぶ代’という表現には、面白いだとか、意味がわかりづらいというように、賛否が別れた。「やっぱりドラえもんはあの声でなくっちゃ、ダメよダメダメ」(ガク)、「感性が硬いせいでしょう。そんなんじゃ、短歌なんか読めないわよっ、あなた。」(蔦)

お夜食にわさびふりかけ指で舐め五さいの祝賀 暴君の笑み  小野田光
五歳児にわさびは大丈夫なのか、と心配する意見が多数みられたが、暴君の笑みという表現は好感が持たれた。誕生日のディナーにふりかけ御飯というところにリアリティがある、親ばか三昧の画像が送られてきそうだ。

人生の立ち位置見ずや恋ごころ未完の断酒日々に新し  兵站戦線
恋ごころも断酒も日々未完のまま繰返される、この二つの事が上句と呼応していてぐっと惹きつけられる一首だ。反面で並列させたことで印象が混乱してしまうとの意見もあった。結句の未完の断酒と言う表現には高評価が集まった。

ぴありとふ碧い硝子の耳飾り冷たき耳たぶ愛ほしく噛む  有岡真里
‘ぴあり’という名称に緊張感とみずみずしさが表れている。初句が説明しすぎか、との意見もあったが、下句の表現には男性陣はメロメロになってしまった。「うう~~ん、僕もあずさちゃんの耳たぶを噛んでみたいなあ。」(黒路)

灼熱の舗装道路を走り抜け探せ地図にも載らない街を  ガク
かっこいい、青春を感じさせる、男のロマンを感じるとの評価の反面で、舗装道路なら地図に載っているんではないか、との現実的な意見もあった。灼けるアスファルトの匂いがしてきそうな歌だ。

泣いたぶん体細胞は入れかわる左耳だけ新品かもよ  有田里絵
こんな想像で自らを支えながら生きるかわゆさとたくましさの感じられる一首だ。左耳だけという偏りが人間のアンバランスさを表している。口語表現には軽やかで効いている、と‘左耳だけ新品’がどちらかと言うと理詰めの発想なので、ゆるんでしまってもったいない、というように意見が分かれた。

ちゃらちゃらと修学旅行のバスに乗るそっとしといてさらぴんの靴  福島直広
そっとしといてに思春期の気持ちが良く捉えられている。ちゃらちゃらと、が何を表現したい擬音なのか読みとれなかったとの意見もあった。

新しい女の胸をさらさら さら むらさきの川なつかしく泳ぐ  とみいえひろこ
上句の新しさ、下句のなつかしさを一字空きの擬声語で結びつけている、そうしてえもいわれぬ官能に浸っていくのだ。むらさきの川が肌に透ける静脈を連想させる。また、新しい女、という表現が侮辱しているようだという意見もあった。

新しいノートをいまは開かない薄闇に香を放つ花束  紀水章生
新しいノートと花束の繋がりに色々な意見が交わされた。「新しいノート」=「香を放つ花束」=むろん恋する気持ちなんだ。内省のためのノートと、人と何らかの関係を結ぶ事で手に入る花束、あえて今はノートは開かないと選ぶのである。薄闇のなかに漂うのは香なのか主体なのか。

ゆくすゑは空もひとつの夜に昏れむ今新月のおまへを愛す  佐藤元紀
今月も佐藤氏の‘おまへ’の世界は健在である。美しくスケールの大きな歌だ、月の浮かばぬ暗い夜。‘ひとつの夜’が下句の展開を上手く引き出している。「私には書けないタイプの歌で、素直に感嘆します。人に何を開示するか、しないか、という人生の選択の違いがあるなあ、とつくづく感じます。」と三澤氏は熱く語る。片や…「うわ。」(有田)。

カノジョから卒寿お祝い窓かぜにピアスの御玉杓子が揺れて  蔦きうい
卒寿の祝いに御玉杓子のピアスのプレゼントがユーモラスながらも暖かい気持ちになる。
年を重ねるほど、素敵な恋の心をお互いに深めていけるのが理想なんだろう。突飛な設定にちょっとついていけないとの意見もあった。「卒寿に彼女からお祝いのもらえるそんな年寄りにわたしはなりたい。」(ガク)

まっさらな他人となって会いましょう次は出口を過たぬよう  三澤達世
「それくらいすっぱりいきましょう。大人ですもの」「上句に主体ならではの強さ、優しさが見えます」「賛成!!」(女性陣)。「やり直せるならそうしたい」「他人となったらもう出会う事は無いかも」「最初から出口を想定してしまうような、そーいふ、ひとを大事にしないよーな恋はいやだ」(男性陣)。と、くっきりと意見がわかれてしまった。
そんな中、黒路氏はまだ「あずさちゃんとどこかのお店の出口でばったりと出会いたいものです」と言っている。オイッ!!(男女一同)

自由詠の部で高評価だった歌
体内の塩にまみれる憂鬱をまるまる剥がす深夜の風呂場  雨宮司
縛り付けられてゐるのはあの頃の小さなジャンパーみたいな服だ  紀水章生
会うたびに「イオンモールができたね」と教えあってる距離の友達  小坂井大輔
朝あさに市役所前にすれ違ふ修道女そのあたらしき影  十谷あとり
プリウスの窓が開いておっさんが煙草をポイ捨てどどどやねんな  福島直広
タコ焼きにタコが入っていなかったあの虚しさのような八月  ガク
七月に落とした頬の影がまだ火を溜めている蜩川【ひぐらしがわ】で  とみいえひろこ

福島直広:記
[PR]

by kaban-west | 2014-09-08 09:45 | 歌会報告


<< 『秋のテキスト』 『ぼくらの海』      7月歌会報告 >>