2016年 10月 15日
かばん関西二〇一六年九月オンライン歌会 【参加者】(敬称略、五十音順、表記なしは「かばん」所属) 雨宮司、新井蜜(かばん/塔)、岩井曜、岩崎陸(ゲスト)、うにがわえりも(選のみ参加)、泳二(ゲスト)、戎居莉恵、黒路よしひろ(ゲスト)、佐藤元紀、塩谷風月(未来/レ・パピエシアンⅡ)、雀來豆(未来)、杉田抱僕(ゲスト)、足田久夢(玲瓏/購読)、とみいえひろこ、福島直広、ふらみらり、ミカヅキカゲリ 残暑厳しい九月初め、今回の進行役の塩谷さんから出された兼題は「駅」。以下正選・逆選の集まった歌についてまとめてみたい。 「じゃあね」したホーム歩けばひりひりと飛び散りそうになる日々を越え 戎居莉恵 初句「じゃあね」のニュアンスについて解釈が大いに割れた原因は、結句の「越え」という言い差しに求められるだろう。 「ひりひりする日々」を既に越えてきた、と回想に取れば、冒頭の「じゃあね」は、胸に痛みを残しながらも、ある程度の距離感・客観性をもって振り返るニュアンスにとれるが、多くの評では「越えていきたい」「越えていくのか、どうか」という未然の願望ととらえた方が多く、その場合「じゃあね」は、表向きのそっけない口ぶりとは裏腹に切実さ、深刻さのニュアンスが含まれる。今まさに「ひりひりと」した「危険な関係を、とりあえずホームに見送ることで一段落させたのだが・・・」(佐藤)というこの「焦燥感」(雀來)。 もちろん「越え」が言い切られていない限りどちらの解釈も可能なのだが、より切迫した「現在進行形」の読みに多くを引き寄せたのは、ある程度「リズムを損ねる」(雀來)ことを犠牲にしてでも初句助詞抜き・下句句跨りにしたことで、逆に「心身のリズムも乱されている」「こころがアンバランスに揺れている」感じとそぐわしい、と感じた評者が多かったためであろう。 駅までの何もできなかったことをおもう道のりポケットは森 とみいえひろこ 文の成分として「駅までの」と「なにもできなかったことをおもう」が並列で、ともに「道のり」にかかる連体修飾句、という、ふつうの文章では「読みづらい」の一語で朱を入れられてしまうような、この不思議な語順の魅力に、最初は気づかなかった。なんだ「駅までの道のりにまた後悔の森森とたつ外套のなか」とか、なんとかするっと書けばいいのに。と思って看過してしまった。 評には多く「ポケットは森」という比喩の良し悪しについて言葉が尽くされていた。「人の手の加えられたものを林、加えられていない自然のままを森、というらしい。作中主体の、ポケットに手を突っ込んで歩く駅までの時間は、まさに人の進入を許さない森だった」(黒路)というハードボイルドな解釈に一読しびれてしまったし、「森という言葉に、後悔の念が伝わってくる」(ふらみ)という感性豊かな評も心に残る。たしかに「森」の鬱蒼とした感じ、うっかり踏み入れられない領域、という感じは、こころの襞の鬱屈に相関し合うと思う。 ただ、森=心の「鬱屈」「後悔」「不可侵」を思わせる何よりの装置は、四句目までの、ドイツ哲学の文体を思わせる修飾関係の意図的な「読みづらさ」にあったようにも思う。「なにもできなかったことをおもう」と韻律の枠をおおきくはみだしても終わらない修飾句の長さが、決して終わることのない作中主体の懊悩・逡巡・停滞等とまさしく対応している、とやっと読めてきた。「文語(で短歌を書くこと)は軽く、口語は重い、ということもある」とかつて語った土岐正浩の言葉※などを思い出しながら。 駅前のだんご屋「武平作」バスの窓から見てた(好きだったきみ) 新井蜜 窓から見えていたのは「きみ」なのか或いは「きみ」を回想させる「だんご屋」が窓外に過ぎていったのか好きだったのは武平作のだんごか武平作の店員だった「きみ」なのか・・・あえて状況・主体・「きみ」との関係などの情報量を絞って、読解のあいまいさそのものを味わって欲しい趣向、という評が多かった。「だんご屋武平作(ぶへいさく:実在の栃木駅前の店舗)」を手柄と読むか(黒路)、説明過多と取るか(泳二)、音の無骨さが作中主体を思わせる(塩谷)と踏み込むか、句跨りも含めて強い印象が残る一首。 駅。私が生まれた家 廃線の跡にわたしと弟の部屋 雀來豆 自由詠の 私は窓がひとつ欲しい 廃線を横切る鹿ときみを見るため と合わせて、極めて自由な作風で好悪合わせて評が集中した二首である。因みに「上句自由律型」の歌(下句で韻律にまとめていくスタイル)は最近はよくみられるようだ。 はしなくも「白黒の絵本」(ふらみ)と喝破されたように、この一首(二首)には淡い、うすぐらいファンタシー(ディストピア)の趣がある。現実的に読もうとすれば???が孑孑のように湧くだけだろう。 遺棄された街の廃駅に住み込んだ一家の成長の物語。それを後年訪れた「私」が、「わたしと弟」の部屋から回想をはじめる。「廃駅の駅舎で一家が暮らし始めて二年目のことだった。その頃「子供部屋」には窓がなかった。」そんな、分厚い書物の出だしが自分には自然に浮かんでくる。SFを溺愛する自分には「待ちかねた一首」。勿論、描かれているままに「4枚の写真が壁に貼られている」(塩谷)ととっても極めて詩的喚起力が高い作品だ。 「出発できない葛藤」(佐藤)「もう生まれた家にも帰れない」等「廃線」の象徴性に読解のヒントを求めたひとも多かった。自由詠「廃線」も正選票を集めた一首だったが、選びながら解釈に思い悩む評も多く、その「解らないけれど惹かれる」感が素晴らしい。 木漏れ日の無人駅は夏の底コーラの缶を捨てたら行こう 杉田抱僕 「夏の底」という比喩に参ってしまった評者が多い。缶コーラの赤と木漏れ日の緑、「無人駅」→思えば遠くに来たものだ、ここが夏の「底」だろう、という青春の高揚感。二句目の字足らずでさえ味方につけて若さ溢れる一首となった。一気に「底」まで飲み尽くす炭酸の、喉を灼く感じが夏日の峻烈さとも呼応しているし、コーラの甘味が木陰のやさしさに、甘やかな孤独感とも呼応するのだろう。CM的な構図の「まとまり過ぎ」も、たしかに感じはするが・・・それも含めての「若さ」の表現かもしれない。因みに日本コカコーラCMの初期コンセプトが、あらたな「青春」群像の提案だった。 鴻池放出鴫野住道読めない人と結婚したい 泳二 いくつかの質問に答えていくと「あなたの理想のお相手は」と相性診断の結果が示される、そんなアプリにあふれた昨今を穿つ皮肉の効いた歌だと思った。みな「俺全部読めたから結婚できないね」「ひとつしか読めなかったけど・・・「読めない人」を求める作中主体はかなり性格悪そうだから、深く考えないことにする」等それぞれに読解を楽しんでいる。しかし「恋したい、ではなく結婚したい。今の自分の生活に閉塞感を持っている」(塩谷)という指摘も、意外に正鵠を射抜いているかもしれない。 秋の日に小菊抱えて各停でガタンゴトンと揺れる両膝 ミカヅキカゲリ 「小菊」「秋の日」からお彼岸で故郷の墓参に帰る途中、という情景であろう、つつましやかにうつむき加減で電車に揺られている作中主体の目線。それが膝から離れない、というより俯いたままでいることに亡くなったものとの距離も測れるだろう。その佇まいに「清廉」(とみいえ)と評したコメントも印象に強い。「ガタンゴトン」というオノマトペにも「ふつうのひと」感が表現されていると見た。オノマトペに凝るだけで「普通じゃない」感満載で、歌人≒作中主体の個性が出てしまう。盆踊りに舞うひとの笠のように、死者への追悼には無個性が「顔のみえないこと」が相応しい。それが死者そのものとも重なって見えてくるのだ、と小泉八雲は綴っている 。 たしかに「駅」そのものは歌っていないが、ひと駅ひと駅各停の点呼を聞きながら、目的の駅が近づくにつれ生活圏の記憶の濃度も増していく、そのグラデーションが感じられる。歌に描かなくても「駅」の名は各々の心に、それぞれ親しい駅名で響いてくる。 「兼題の漢字そのものを読み込まなくていい」というかばん関西歌会のルールを十分に楽しんだ佳作、として記憶したい。 自由詠では上記「私は 窓が・・・」の他に この町で生きていこうと決めた日の荒野のような部屋に飾る絵 岩井曜 ビル街を無地の服着てのろのろとわたしは道に迷った蟻だ ふらみらり いま君が開いたものがドアである証にここに花を置きます 泳二 が得票の多かった一首で (血液も寂しそうだね)流れゆく群衆のなか立てば天啓 杉田抱僕 を「テロリストの心境」(岩井)と読解したコメントも印象に残る。 ※「神楽岡歌会 100回記念誌」99頁より (担当 足田久夢)
by kaban-west
| 2016-10-15 17:04
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