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2017年 02月 04日

新春弁天町歌会記

◆◇ かばん関西新春弁天町歌会記 ◇◆

とき:二〇一七年一月二十二日 午後一時から五時まで
ところ:弁天町ORC200生涯学習センター 第三会議室

年の初めの歌会は、大阪市港区弁天町にあるORC200(ORCは大阪リゾートシティの頭文字で、200は建物の高さだそうです)にて行いました。大寒の二日後ということもあり、外はみぞれ混じりの雨が降る寒さでしたが、室内は古めの設備と途切れのない意見交換のため暑いほどでした。

【出席者】
雨宮司、有田里絵、塩谷風月(未来/レ・パピエ・シアンⅡ)、雀來豆(未来)、十谷あとり(日月)
杉田抱僕(ゲスト)、蔦きうい(玲瓏 選歌のみ)、東湖悠(ゲスト)、福島直広
【詠草・選歌のみ】
新井蜜(かばん/塔)、黒路よしひろ(ゲスト)、橘さやか(ゲスト)、ふらみらり
*表記なしはかばん正会員。複数所属の場合は()内に斜線で区切って記載した。

司会進行の十谷あとりさんから出題された兼題は「砂」です。詠草一覧順に紹介します。

◆兼題「砂」
★鵜のように頭を砂にうずめても眠れぬほどの冬晴れの夜      雀來豆

川鵜は砂に頭を埋めて眠る性質があるの?眠れない鵜を自己のネガティブな投影では?
と当然の疑問が沸きます。冬晴れと夜は釣り合うのかどうか、この砂は実は明るい光の性質を持つものではないか、結局のところ何をしても眠れないのだろう等、詳細な意見もありました。
作者は今回の兼題を見て、鵜が砂に頭を埋めて眠ると聞いたことがあるのをふと思い出したそうです。曖昧さの残る記憶だったものの、あえて真偽を調べずに歌にしてみようと詠んだ歌です、とのこと。

★父親にピストル向けるモノクロな家族写真のここは鳥取     東湖 悠

父親にピストルを向ける子どもはそれだけでインパクトがある。
ピストルを向ける事象は、写真の中で起きているのか外なのかで意見が分かれた。いま実際に鳥取にいるかどうか、ピストルはおもちゃなのか拳銃なのか、もしくは手で真似をしているのか。歌の中の語句はそれぞれ理解できますが、不確定要素もそれぞれ持っており、不確定なままに読むことを良しとする人とはっきりしたい人とでは読みが分かれる歌でしょう。
今回初めてお会いできた東湖さん、「意味はともかく」と前置きし、イメージや雰囲気を大事にする歌への共感について話しておられました。

★やわらかな波に崩されゆく前に壊してやろうか置いて去ろうか  塩谷風月

砂の文字を使っていなくても一読して砂の構造物を詠んだ歌だとわかります。そのことが参加者全員に伝わっていました。上から下までひっかからずにすーっと音読できるリズムの良さがあり、多くの票を得ました。
下の句は両方マイナスの行為ですが、そもそも砂はいつか崩れてしまう存在です。主体は既に孤独な状態に置かれていて、これからさらに孤独感が強まるのかもしれません。とはいえ、砂は崩れても人と人との間柄は崩れないと思いたいです。

★太陽を砂粒に例え愛情の広さ深さを語る教員           雨宮司

上句の比喩は「太陽の大きさを砂粒の大きさだと仮定すると」という意味になる。しかし「大きさ」は「広さ」「深さ」とは対にならず、ねじれが生じているという意見があった。
先生ではなく教員という語をわざわざ使っている点からこの先生が嫌いなんだろうかと想像したり、「実際こんなこと言われても全然わからない」という声があったり。大きなもの、普遍的なものを詠むのは難しいと改めて感じました。

★壊滅は回避されたね白砂がひかりのように夜空からふる     橘さやか
前半は「壊」と「回」で韻を踏みつつ硬めの漢語を用い、後半はひらがなを使って柔らかな印象を持たせている。フィクションの世界を詠んだのならアニメでラスボスをなんとか倒した後の光景で、リアルなら例えば中東のようだという意見があった。
作中の物語が最終的にハッピーエンドになるかどうかについては意見が分かれた。
「壊滅はしなかったけれども結局は白砂に埋まって死ぬ」とか、「壊滅を避けるために必要な犠牲として、例えば爆発が起きて、白砂が降っている」とか、想像力を発揮した読みがあった。

★真夜中にみづ飲みにいくのはきらひ風が黄砂を運んでくるから   新井蜜

詩的な表現、全体的なきれいさを評価する意見が多かった。
後半は水を飲みに行くのが嫌な理由が書かれているが、この理由については、「明らかに嘘だとわかる理由を述べて、本当の気持ちを察してほしいと願っている」「こんな理由を言ってくれる女性がいたらうれしい」など、活発な声が続いた。
屋外に水を飲みに行くのかもしれない、屋内だが水場にある窓から黄砂が見えるのかもしれないという冷静な読みもおもしろかった。
それにしても、主体が女性だとすると面倒な女だと私は思いますが、みなさんいかがでしょう。

★夕暮れに青い飴玉砂まみれ逆上がりする僕と妹        福島直広

「青い飴」と「僕と妹」にはどちらも存在感があるモチーフで、作者がどちらをより重点的に捉えようとしているのかわからないという意見が最初に挙げられた。
「飴」「僕と妹」「並列」の三種類に分けて挙手をしてもらったところ、「飴」と「並列」が同数で「僕と妹」は少数だった。
読んで意味のわからないところはなく、現実にも十分起こりうる設定で無理がない。用言が少ない上に体言止めの歌なので、視覚的にも音読しても詰まった印象を受けるという指摘があった。

★おし照るや難波の小江に葦蟹が飛鳥へ行くと続く砂跡    黒路よしひろ

オンライン歌会でも登場している葦蟹。万葉集の中の葦蟹を取り入れて柔らかく歌っている。
「蟹は本当にカニなの?難波から飛鳥までカニが歩いて行けるわけないでしょう。」「いや、短歌だから、本当のカニでもいいんじゃない?」などなど、素直に楽しんで読ませてもらいました。この歌一首だけでも成立できそうですが、参加者は自然に続編を待つモードに入っていました。

★冬かげは浅川に差す水底の砂を踏みゆく鷺の背にさす     十谷あとり

静かな冬景色の歌。修飾語の構造が読み取りにくいという意見が最初に出た。
最終的に二句以降が鷺にかかっていくのはわかるが、「冬かげ」は浅川と鷺との両方にかかるのか、鷺だけにかかるのかがわかりにくい。また「差す」と「さす」は用法・意味共にほぼ同じだと受け取れるが、表記を変えてあるのはどんな意図があるのだろうかという疑問が出た。対象が違うので表記を変えた、柔らかさや視覚的効果を考えた等の声があった。
修飾語の構造を読み解こうとするとき、私は、国語の授業でしていたように線や矢印を書き込みます。懐かしい気持ちになると同時に、短歌に関わっている小さな喜びを感じます。

★水を張りほうれん草の根をすすぐ砂を噛むような日も過ぎゆく  有田里絵

上の句は具象的で、下の句は抽象的。「砂を噛むような」は慣用句であり、そのまま使って主体の心情を表してしまうのはもったいないという意見と、上の句で誰にでもわかる細かい具象を提示しているから、その対比としての抽象であり気にならないという意見があった。ほうれん草の根っこの砂を噛むのは嫌いじゃないという声もあった。
ほうれん草は料理中に浮かんだ素材で、「砂を噛む」という動詞化ではなく「砂を噛むような」という形容詞の形にして使うのが主であると知って、句またがりを気にしつつもそのとおり使ってみたのでした。

★ぎゅぎゅぎゅっと砂利がつまってなめらかで足裏たのし月夜を歩く ふらみらり

上から下まで順接になっていてすらすら読める、擬音がとてもリズミカルでおもしろいと評価された歌です。私(人間)がではなく「足裏」が楽しんでいるという点もこの歌にとって効果的。ただ、「砂利」と「なめらか」は相反するものではないかという意見が出た。実景は砂利だったかもしれませんが、ここはお題に沿って「砂」としても確かに文字数は合いますね。
スニーカーの裏の溝に砂が詰まったとか、ウォーキングなどのために車道とは別に舗装された道なのでは等、参加者の中で想像が広がっていた。
夜に歩くのっていいですね。この歌のように、例えば夜桜吟行など、してみたいです。

★アルタ前をフタコブラクダが闊歩する東京砂漠に出る蜃気楼   杉田抱僕

まず、アルタ前という限定された地名に効果を感じるという意見があった。
正午から放送されていた某人気番組に直結する場所なので、遠からず凋落していく何かや絶滅危惧種へとイメージをふくらませた読みもあったが、あの有名歌謡曲に引きずられすぎて歌に入り込みにくい人もいたようだ。
ラクダ、砂漠、蜃気楼と三つの素材が揃いすぎているという指摘や、東京を省いて単に「砂漠」とすればよいのではという声(それなら歌謡曲を離れられる)もあった。
ちなみに作者は新宿に行った経験はなく、歌謡曲についても検索するまでほとんど知らなかったそうです。

兼題は以上です。

続いて自由詠の詠草を記載します。

★自由詠
酒を飲み酔ってばかりの侍がズボラズボラと悪党を斬る       雨宮司

薔薇の花あなたと食べた三月のような海だね気まぐれな鮫     橘さやか

温かくやわらかなキスが欲しくってあなたを鍋でくつくつ煮込む  塩谷風月

えもの待ち乾いた砂によこたはる寝たりはしないこころたかぶり   新井蜜

聞こえます地下室でいま婆ちゃんの酸素の器械がシュウという音   雀來豆

聴診器をあてて眠る暗闇に猫の毛も降る深夜3時に        東湖 悠

大君に召されて行きし葦蟹の誰ぞ知らぬかその後の行方  黒路よしひろ

破魔矢持つ男子神籤の話するその笑顔もて凶退けよ       有田里絵

外国人観光客の討論で聞き取れたのは「スシ」と「スキヤキ」   ふらみらり

窓のない地下書庫はいつもいつまでも昼で天国みたいなひかり    杉田抱僕

パイプ椅子リングに叩きつけながらサムアップ鶴岡現れる     福島直広

パラソルハンガー影ゆるゆると廻りゐる屋上にゐる北風とゐる   十谷あとり

自由詠は以上です。

ご覧のとおり、毎回半数以上がかばん会員以外であるというかばん関西は、今年もバリエーション豊かに活動してまいります。
不定期ながら、お会いして短歌の話をする貴重な機会を作り続けていきたいと思います。
(有田里絵/記)
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by kaban-west | 2017-02-04 20:05 | 歌会報告


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