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2017年 02月 02日

12月歌会記

かばん関西 2016年12月歌会 報告

【参加者】雨宮司・新井蜜(かばん/塔)・有田里絵・岩崎陸(ゲスト)・うにがわえりも(選歌のみ)・泳二(ゲスト)・戎居莉恵・ガク・黒路よしひろ(ゲスト)・佐藤元紀(詠草のみ)・塩谷風月(未來/レ・パピエ・シアンⅡ)・雀來豆(未來)・杉田抱僕(ゲスト)・橘さやか・足田久夢(玲瓏/講読)・東湖悠(ゲスト)・とみいえひろこ(選歌・コメントのみ)・東こころ(かばん/未來)・ふらみらり・ミカヅキカゲリ(計二十名)


※所属表記なしは「かばん」正会員。

新暦十二月、雨宮司さんから出された題は「走」で読み込み指定。最初から定義が明確なこの文字をいかに用ゐるかが難しいなか、出詠一覧は題をモティフとして活用し、独自の世界を展開させる歌が並んだ観があつた。

以下、兼題の部の歌を取り上げる。

駅前の横断歩道を小走りにわたる頭に銀杏を乗せて         泳二

走っても走ってもまだ遥か先わたしの虹のうまれるところ    橘さやか

波寄せるテトラポットをぞみぞみと走る鉄【くろがね】色の軍勢  雨宮司

走ることやめてしまった星たちがしずかにひかりはじめる深夜  東こころ

冷え切った甘いコーヒー飲み干して咳払いして助走終了    ふらみらり

走馬灯編集委員がカットした時間は全部君がもらって      杉田抱僕

矢印の迷走してゐるからだから夜會のなかへ放ちやる鳩     足田久夢

物語が踏み固められてきた道にうずくまる少女よ 走れ、走れ   雀來豆

一首目は「小走り」「銀杏」の組合せとそれを頭に乗せてといふ状況に、可愛らしさ、軽快感、ほほゑましさ、と高評価が集まつた。銀杏は葉なのか実なのか、主体は人か動物か、といつたところにそれぞれの読みが広がつてゐたがそれがどうあらうとこの高評価は的を射てゐるだらう。二首目は下句の鑑賞が眼目となりやはり高評価の一首。甘さやひつかかりが指摘されつつも、虹の根つこを追ふといふよくあるモティフを上二句と結句で詠ひあげたところが成功してゐる。虹に未来を憧憬する読みも出された。三首目は「ぞみぞみ」のオノマトペが見事。下句をフナムシと捉へた読みが多かつた。上句と下句の照応が印象的な四首目は星の擬人化への感嘆と一首の美しさが話題になつた。結句の「助走終了」への評価が分かれた五首目は、仕事に向けての朝の助走で色々考へて時間が経過したのか、何かの告白までの長い時間なのか、意味を詰め込みすぎたり立ち止まる印象を与へたりしてゐないか、珈琲への各自の思ひ入れも込めながら歌会ならではの様々な読みが披露される。「走馬燈編集委員」の表現の面白さが指摘された六首目には、その表現で戸惑ふ意見や、結句に愛や甘やかさを見る一方で言ひさしの弱さも指摘された。七首目、イメージの強い言葉の多用や旧漢字の使用から生まれる世界をどう読むか、魂の解放かいや自由とは限らないのか、言葉が印象深い分各自の読みが錯綜してゐた。結句、兼題の繰り返しが直球で読み手に訴へてくる八首目は、上句の閉塞感や陋習から自由になれ、といふ読みと、見え透いたところに「走れ」は言へない、少女は蹲る役割だから「走れ」と言はれても困るのでは、という読みに分かれた。

月光を背に受け走る犬とわれの行く手に青く光るみづうみ     新井蜜

逆立ちで走って逃げるアスファルト その手触りを忘れないでね  岩崎陸

我が父は変態なゆえ職場まで二時間をかけ走るアラ還   ミカヅキカゲリ

走れない私の脚への考察を140字で誰かお願い          東湖 悠

常套的、だから何だ、読者に何を届けたいのか、といふ印象の上で、それでも気になる一首として点が入つた一首目は「犬」がポイントとなつてゐた。結句の「みづうみ」に向かつてゆく流れも評価された。上句のシュールを受容できるか否かが焦点になつた二首目は、その滑稽さに留まるか、下句の願ひの切実を読み取るかで評価が分かれる。「変態」といふ断定の清しさと同時に「これが変態か」といふところが話題にされた三首目は、腰以降の行動をどう読むかなのだらう。阿羅漢、嵐寛寿郞なども飛び出して面白いコメントが並んだ。「140字」にツイッターを込めたところに評が集中した四首目は、「走れない私の脚」といふところとそのツイッターとの関連をどうとるかがポイントとなつた。猶、オンライン歌会の特性上詠草は横書きで記されるため、この評では「140字」を所謂「横中縦」のかたちで記してあることを書き添へておく。

太陽に向かってふたり走り出すラストはいつもどんでん返し     ガク

走為上。贈りし言葉を取り違え明るい朝に飛び降りた友     塩谷風月

ヘルニアの走る痛みに堪へ兼ねて妻呼ぶ鹿の鳴きし吾が声  黒路よしひろ

全力で走っているよトラックの外で声援送るカズヤも      有田里絵

この道をどこへ走って行くのだろう こんなとこまで来てしまったか

  戎居莉恵

肩口を走るおまへの唇に爆ぜやまぬ俺のなづき狐火       佐藤元紀

 結句が気になるといふ評が賛否共に集まつた一首目は、映画やテレビドラマの最終回やオチを想起させつつその結句をどう読み取るかで常套的かさうでないかが決まる。余談だかスペクトラムのノベルティーアルバムにある曲で「夕日に向かつて走り続けろ~」といふ曲がこれを書いてゐる頭の中に響いてゐる。兵法三十六計最後の計、例の「三十六計逃げるに如かず」を置いた初句が注目された二首目は、友の自殺の歌なのに漂ふ明るさに関心が集まつた。切実さや恐ろしさが「明るい朝」に見られるといふことも指摘された。三首目はとにかく痛い、痛い、しかし申し訳ないが笑つてしまふ。それをもたらしてゐるのが文法的に難点はあるものの読み手の想像力で読みを補へる下句である。ことに四句目の切実感が却つて痛みの孤独感を際立たせてゐるやうだ。四首目は過不足なく傷もない表現を買ふ評の一方で歌の景がぼんやりしてゐるとの評も出された。否定的な評では「カズヤ」が誰かといふ点もあり、「タッチ」までが引かれてくる一幕もあつた。五首目、上句と下句の照応をどう読むかで様々に評が展開された。繋がりが分からない、得てしてそんなもの、ひねりがほしい、さうして中也の「頑是ない歌」の一節、武田鉄矢も歌にした「思へば遠く来たもんだ」まで出されて賑やかなコメントの場となつた。

 歌会の面白さは、それぞれの読みが提示されることで、自分の知らなかつた世界に出会つたり、自作がおもひがけない読み方をされる場にでくはすところにある。更に、分からない読みには説明を求めたり、反論がある場合には根拠と共にそれを提示し、さういふ状況を作り乍ら読みを深め、歌への認識を新たにできる。かう書くと当り前のことだと言はれるかもしれないが、この原点を意識しておかないと、憖に会が進んでしまつたり一方的な賞賛や否定の場に成り下つたりしてしまふ。オンライン歌会は確かに議論を交すかたちにはなつてゐないが、それぞれの評が自分の読みを批評してくることで、自分の力がついてくる実感を得られるのが何よりもありがたい。そのやうな場にゐられることを感謝しつつ、更なる参加者を求めたくおもふ。

 最後に、自由詠での高得点歌を挙げておく。

吾輩はポケモンであるもう誰も訪ふことのなき公園にゐる   泳二

川と海、城跡そして飛行機の離陸する音、生まれた町の  橘さやか

名前とは現世に焼き付けられた印されど消えゆくどら焼きの印   東湖 悠

(佐藤元紀/記)

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by kaban-west | 2017-02-02 20:13 | 歌会報告


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