2017年 03月 06日
かばん関西 二月オンライン歌会記 【参加者】(敬称略五十音順、表記なしは「かばん」所属)雨宮司、新井蜜(かばん/塔)、有田里絵、戎居莉恵、黒路よしひろ(ゲスト)、河野瑤、佐藤元紀、塩谷風月(未来/レ・パピエシアンⅡ)、雀來豆(未来)、杉田抱僕(ゲスト)、足田久夢(玲瓏/購読)、土井礼一郎、東湖悠(ゲスト)、とみいえひろこ、ふらみらり、ミカヅキカゲリ 寒さ厳しい二月初め、今回進行役の土井氏から出された兼題は「滅」。 浮遊するAI【えいあい】少女さわさわと滅びのまへのひかりの春を 新井蜜(七点) この歌の終末思想的イメージ(塩谷)には、筆者も強く共感するところがあった。「『新しい天使』と題されているクレーの絵がある…天使は、彼が凝視している何ものかから今にも遠ざかろうとしているように見える。彼の眼は大きく見開かれていて、口は開き、翼も開かれている。歴史の天使はこのような様子であるに違いない。」ヨーロッパ文明の破局を予感しつつベンヤミン【註1】が書き遺した一節を、この歌に重ねて読むことは容易である。 人工知能が発達するほどリアルな知性や感情は外部に移乗され、ますます我々の実存は希薄になる。おそらく「此の世の終わり」は中枢AI内にストックされた「全イメージの消退(滅びのまへのひかり)」と同義になるのではないか、と遠い予感がする。アルマゲドンは頭蓋(ゴルゴタ)の中で起こる。 「人工知能」と「少女という儚い存在」の結びつき(ミカヅキ)が「さわさわ」とやわらかく(とみいえ)表現されている点にも注目したい。 知らないがときおり点滅をする妻 糸川にまた桜の季節 とみいえひろこ(七点) 初句の読みが「性善説」対「性悪説」にまっぷたつに分かれる一首。 「知らないが」にぶっきらぼうな、むしろ不穏な口調を読み取ってしまうと、たとえば「桜」→「合格」→「資格の取得」→此の「妻」は密かに経済的独立の準備を着々と進めていて、それを夫の無意識がかすかに感受している「糸」のような気配、となるだろうか、「点滅」が危機の予感として読めてしまう。木の芽時の精神状態の不安定(新井)病身か、隠し事か、身近な人の不思議な気配(河野)という読解も同様だろう。 一方で「点滅って携帯電話が受信するみたいにピコン!と光る感じかな。旦那さんも「なんで光る…?」ってあまり切羽詰まらず首を傾げていそう。」(杉田)桜が咲くと川沿いを皆でだらだらと歩きながら、ワインを買って飲んだりする。で妻をふと見ると点滅して=ほろ酔いでけらけら笑って(土井)と「春風駘蕩」を絵に描いたような解釈もあって。読み手のリア充の度合いかな。 片晴月に刺し貫かれ滅諦にとほき己は橋に仆るる 佐藤元紀(三点) かたわれ月という名称に惹かれた人が多かった。「滅諦」という仰々しい仏教用語もこの歌の「ケレン味」へ貢献しているだろう。「うたの世界とは離れた遠いところへ連れて行かれるような気分」(雀來)、「日光江戸村とかに通ずるつくりこみ感」(土井)といった評に伺えるのは読み手それぞれの快哉だ。 滅相もございませんという顔のきゅうりの輪切りが待つサラダバー 土井礼一郎(十二点) 「へちま」は西脇を筆頭に多くの詩人に愛された植物だが、飄々とした味わいなら「きゅうり」も負けていない。中身が白っぽくてすらっとしているから私なんて大したことありませんという顔をしながら沢山の人が選んでくれる(有田)という韜晦がぴったりだ。 肩の力が抜けきった歌に見えるのに、その実よく練られた語の選択や配置があるのかも(ミカヅキ)という指摘通り、腰から結句に向けてリズムを調律している助詞の用法等実はほとんど隙のない端正な一首。 誰一人返事しない昼ふりむけばセイタカアワダチソウの絶滅 河野瑤(七点) 初句の「誰一人」からか職場やチームでの一場面(東湖)や「生徒の象徴」(とみいえ)と比喩的に捉える意見も多かった。 振り向くことで、それまで気づかなかったパラレルワールドに踏み込んでしまったような、何かを決定的に掛け違えてしまったような、そんな感覚という評(杉田)が出色である。その世界で繁茂しているのは更なる外来種(宇宙種?トリフォドのような)であるかもしれない。 この雪が滅びてしまうその前にあなたが「やあ」と来ればいいのに 雀來豆(六点) 「時の流れは、崇高なものをなしくずしに、滑稽なものに変えてゆく。何が蝕まれるのだろう」三島由紀夫「奔馬」の一節【註2】だが、筆者はいつも「何が降り積もるのだろう」と間違えてしまう。「雪の滅び」という唯美的な響きをもったイメージを、重厚に過ぎず、さらりと再会への期待につなげていく洒脱に脱帽したのだが、一方で「雪の滅び」=「雪が溶ける、やむ」程度だったらつまらない、不自然だという意見もあった。 人生は雪のようにはかない。雪が溶ければ(主体も死んでしまえば)死んだあなたとも天国で会える、それでもやはり今すぐふらっと帰ってきてほしい、という解釈(河野)も素敵だが「歌謡曲的」という意見もある。愛着の度合いがはっきりと解釈にでる歌だ。 別れには理由があったはずなのに思い出せない点滅の赤 有田里絵(五点) この歌の「赤」「点滅」に、人間の根っこにまで揺さぶりをかけるなにかがあったのか「点滅する赤信号が家の近くにあり、見ているとざわざわして不安になる」(東湖)「いつまでも胸に灯って消えない」(とみいえ)と自身に直結して読まれている評が多かった。「交差点の真ん中に横たわってこれからのことを考えている。というような情景」(新井)という「101回目のプロポーズ」裏バージョン的な解釈も面白い。 失恋を悟った瞬間ほほえんで死守した僕の滅びの美学 ふらみらり(四点) 滅びの美学、なんて「防衛機制だ」「もっと素直になったら」「格好つけてる場合じゃないよ」と評者たちの矢継ぎ早のツッコミが愉しい一首。筆者は「滅び」が「美」として捉えられる感性から同性間の恋ではないかと憶測した。筒井康隆の「カラダ記念日」【註3】であれば下句の「僕」をルビ付きで「舎弟(ヤツ)」と言い換えたいところだ。 菜の花の点滅やまず春原をするする抜けてくるひとさらい 足田久夢(九点) 「抜けてゆくじゃない!抜けてくるだ!こっちに来てる!しかも「するする」なんて、すぐこっちまでたどり着いて…菜の花の点滅は黄色信号を表していたのかと「ひとさらい」まで読んで初めて気づく」そうですよ杉田さん、あっという間です(笑)。 『リア充が滅ぶ』牛丼並盛のボタンの上に貼られたいたずら 杉田抱僕(5点) 押せば世間のリア充が滅んでしまうボタン…押すときは勿論「ぽちっとな」(黒路)とつぶやきたいところ。ところで「ボタン」といえば「牛丼一筋××年」の◎◎家では無いわけで、じゃあ…と牛丼屋トリビアを延々書こうとした自分も当然「ぽちっと」派です。 自由題で高得点だった歌は以下のとおり。 浮かびあがる方法だけは覚えとけ 冬の煙突に揺らぐ太陽 河野瑤(七点) 機嫌よくなるほど昔のことを言う君が笑えば孵化する魚 土井礼一郎(十点) 雨待ちとそっと囁くその声に月を眺める狼をみた 東湖 悠(七点) 会いたいと時折告げる「会いたい」とすこし違うと知りながら 肩へ とみいえひろこ(七点) (足田久夢/記) 【註1】ヴァルター・ベンヤミン『歴史の概念について』(未來社 二〇一五年) 【註2】三島由紀夫『奔馬ー豊饒の海 第二巻』(新潮文庫 二〇〇二年) 【註3】筒井康隆『薬菜飯店』(新潮文庫 一九九二年)
by kaban-west
| 2017-03-06 17:38
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