2006年 05月 28日

2006年5月歌会

かばん関西五月歌会 歌会記

二〇〇六年五月二十八日(日)、奈良県文化会館集会室Cに於いて、かばん関西五月歌会が行われました。

[詠草参加者]雨宮司、有田里絵、笹井宏之(購読)、やや(ゲスト)、鷲家正晃(ゲスト)、棉くみこ、十谷あとり(日月/玲瓏)
[当日参加者]雨宮司、有田里絵、塩谷風月、日向寺みづほ(購読)、鷲家正晃(ゲスト)、棉くみこ、十谷あとり(日月/玲瓏)

 今回は詠草参加・歌会当日参加を含め合計九名の方がご参加下さり、合計二十八首の作品が寄せられました。作品と意見交換の一部をご紹介します。

◇兼題「飛ぶもの」◇

・一息で飛ばせなかったたんぽぽの綿毛しっかり寄り添っている  有田里絵

六票歌。飛んでいった綿毛ではなく、残った綿毛を詠んだ視点がよい。「たんぽぽ」のひらがな表記も効いている。観察のゆきとどいた歌。

・手のひらから消えてしまうよ文鳥は白い羽ばたきひとつ残して  やや

淡いものをうまく捉え、伝えることに成功している。「白い羽ばたき」が巧み。

・鉄鉢を米俵どもが追いかけて天空を飛ぶ絵巻に見入る  雨宮司

「信貴山縁起絵巻」を詠んだ歌とのこと。絵巻のことを知らない人にも開かれているとの意見が出た。淡々と対象のみを詠んだところがよいと思う。

・おとうとをころした… と啼く鳥のため桐の木は高く花をかかげる  十谷あとり

 「ころした」に関して賛否両論が出た。何の鳥かわからない、また「…」と一字明けの併用はいかがなものかという意見も。

◇自由詠◇

・好きだった記憶はどこか遠近のない空に似てセーターをしまう  棉くみこ

淡い恋のイメージが伝わる。下句、セーターの登場が唐突かという意見もあった。

・繰り返し四つの呪文を口ずさむヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・ムルロア  雨宮司

反戦を語り継ぐ必要はあるが、軽く歌ってしまってよいのか?という意見が出された。軽くしか詠めないことこそが、われわれ戦争を体験していない世代の限界を表しているのかもしれない。

・圧縮と解凍を繰り返されて「aijou.mov」は壊れた  笹井宏之

・サイコロと鍵を続けて英語にて口にしてみる「ダイスキーだよ」  鷲家正晃

歌会初参加の有田さん、鷲家さんを始め、塩谷風月さん、日向寺みづほさんも当日選歌・コメントに参加下さり、にぎやかな歌会となりました。初参加のお二方、お疲れ様でした。鷲家さんが抱く素朴な疑問(「歌会とは?」「選歌とは?」「批評とは?」「短歌とは?」)に、あらためて自分の短歌観を問い直されるような、また忘れかけていた初心を思い出させてもらえたような気持ちになりました。また、ベビーカーを押し授乳をしながらの参加となった有田さん、その熱意がまぶしかったです。ママと一緒に来て下さったお嬢さん、お顔を見せて下さって本当にありがとう!また遊びにいらして下さいね。
かばん関西歌会は「お医者さん鞄」のように大きく「がま口」を開けておりますので、どうぞ気軽にご参加下さい。六月はオンライン歌会、七月は大阪にて歌会を行う予定です。(十谷あとり記)
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by kaban-west | 2006-05-28 15:41 | 歌会報告


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