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かばん関西歌会

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2006年 03月 12日

2006年3月 パピエ・シアン&かばん関西 合同歌会Ⅲ

◇ レ・パピエ・シアン&かばん関西合同歌会 歌会記 ◇

二〇〇六年三月十二日、東大寺および奈良文化会館集会室に於いて、短歌同人誌『レ・パピエ・シアン』と、かばん関西との合同歌会が行われました。当日の詠草および歌会の模様をご報告いたします。

       *  *  *

短歌同人誌『レ・パピエ・シアン』と、かばん関西のメンバーとの合同歌会は、二〇〇四年の大阪市立東淀川勤労者センター、二〇〇五年の榊原温泉合宿につづき三回目となる。今回はみなさんに早春の奈良へお越しいただこうということとなり、ちょうど修二会(お水取り)の時期でもあったので、東大寺での吟行も計画した。

当日の参加者は、雨宮司さん(かばん)、小林久美子さん(未来/レ・パピエ・シアン)、山吹明日香さん(未来/レ・パピエ・シアン)、棉くみこさん(かばん)、十谷あとり(日月/玲瓏)の五名。詠草のみの参加者は、イソカツミさん(かばん)、大辻隆弘さん(未来/レ・パピエ・シアン)、桂山光代さん(未来/レ・パピエ・シアン)、笹井宏之さん(かばん購読会員)、渋田育子さん(未来/レ・パピエ・シアン)、藤井靖子さん(未来/レ・パピエ・シアン)、吉野亜矢さん(未来/レ・パピエ・シアン)の七名。

午前十時、近鉄奈良駅西口改札に集合。あいにくの小雨模様ながら、風はおだやかで花粉症の方にはやさしいお天気となった。
駅から奈良交通のバスで東大寺春日大社前まで移動、そこからは歩く。若草山を前方に見つつ浮雲園地を横切り、東大寺の法華堂(三月堂)へ。雨の中、鹿が白いお尻を見せて草を食んでいる。

坂を登り、手向山八幡宮の前を通り、法華堂に着く。ここには日光菩薩像・月光菩薩像をはじめ、天平時代や鎌倉時代の仏像が十六体ある。薄暗い堂内に入り、思い思いに像に見入る。(少しでも歌の材料になるものを集めよう)とノートを出し、頭に思い浮かんだことばをとにかく書き留める。周りを見回すと、みんな手帳を広げてメモを書いている。いよいよ吟行の始まりである。

法華堂の次に、東大寺の二月堂へ。この日は修二会の期間中の日曜日とあって、学生の団体など大勢の人で賑わっている。テラスのように張り出した高い回廊から眼下の景色を見る。天気がよい日は生駒山や葛城山まで見渡せるのだが、この日は雨でかすんで見えなかった。堂の周辺で、参籠中の僧侶や、法被姿の世話人たちが忙しく立ち働くところ、また撥釣瓶のついた井戸や竈、今夜使われる籠松明など、修二会真っ只中の雰囲気を十分見聞することができた。

雨が降ったり止んだりする中、最後に東大寺大仏殿へ。こちらは外国人観光客がちらほら。大仏を目の当たりにして「Oh…It’s great!」と声を挙げている人も。岡山から参加された山吹さんは大仏を見るのが今回はじめてとのこと。初めての人もそうでない人も、あらためてその大きさや歴史に思いを馳せながら拝観した。
 
昼食後、奈良県文化会館の集会室に入り、吟行の詠草を整理する。めいめいノートや手帳に取ったメモを仕上げ、短冊に一首ずつ記して提出。歌を書き始めると全員表情がひきしまり、室内には手帳を繰る音、ペンを走らせる音だけが響く。用意した短冊が二枚、三枚、つぎつぎと取られて減ってゆく。こうなると普段ひとりで詠んでいる時とはまた違った集中力が出てくる。もう一首、いやあともう二首、と、知恵を振り絞りひたすら書く。進行の都合上、三、四十分程しか時間を取ることができなかったが、最終的に五人で四十一首の歌を完成させることができた。
吟行詠草は左記の通り。

合わす掌を合わさぬ掌らがおのおのを抛りみまもる一体の像  小林久美子
大仏の座したる蓮の花びらは二十八枚ある(未確認)  雨宮司
目を閉じて久遠【くおん】の果てに祈れるは何の故にか月光菩薩  雨宮司
鳴きかはす百鳥【ももとり】の声いろのなき花と咲きけり春の林に 十谷あとり
仏性の忿怒【ふんぬ】の相を体現し虚空をにらむ不動明王  雨宮司

蝋燭の灯はたえまなく動く ひと祈るときも祈らぬ刻も  小林久美子
雨を含む砂利を踏むにはちょうどよい 黒のローファー強靭であれ  棉くみこ
昼前の籠りの僧ら紙衣【かみこ】着て語らひをりぬ庭のほだ火に 十谷あとり
悪戯【いたずら】をしたる邪鬼らを踏みつける増長天の涼やかな顔  雨宮司
お茶漬の中のあられからひなあられ 径【けい】は違えど梅の香りが  雨宮司

燃ゆるときよき香を放て杉の葉はあをきがままに松明となる  山吹明日香
春の森に雨降り来れば百鳥の声水紋のごとくひびかふ  十谷あとり
 両眼は金の三日月ふくらめる頬はうすくらがりに沈める  山吹明日香
 走りつつ観光マップを広げ見る「ならまち」の辺りやわらかき雨  棉くみこ
 凡夫への慈愛に満ちたまなざしとどこか無縁な半眼である  雨宮司
 
触るるともなくあはさるるみほとけの掌の間のあなくらぐらし  十谷あとり
 薬指はつかそよがせ仏像の左手はくらき水面となりぬ  山吹明日香
法華堂は三月に訪ねるといい雨ふる朝のあまいひかりの  小林久美子
 ブロマイドのやうに売らるる仏像の絵葉書そつと手にとりてみる  山吹明日香
陽の下に籠りの僧の佇つみれば紙衣の裾のけばだちてあり  十谷あとり
 
大仏に逢はむとたどる石畳こんなときにも鼻唄は出て  山吹明日香
観音の目の蓋のふくらみを圧し湿らせて去る三月の霧  小林久美子
 砂漠での戦より還るようすにて白く汚れている四天王  小林久美子
薄暗【はくあん】の堂の柱に金銅の幡あり 飛天ひかりのもつれ  十谷あとり
 東大寺南大門の仁王像そんなに目玉をひん剥かなくても  雨宮司

花々が散りては咲いてゆくように仏の面は永劫の相  雨宮司
 枝の先にしずくを溜めて昏く芽をまだ閉じている染井吉野は  小林久美子
あるは笛あるは小鐘を打ち響【な】らし飛天天女はもつれまとはる 十谷あとり
 ここへ来た者のみが赦されてゆくようだあなたのおおいなる掌に  小林久美子
 角のない鹿の隣を行き過ぎる間抜けと間抜けは戦にならず  棉くみこ
 
右は山、左にはただ空がある大仏殿へ続くいしみち  山吹明日香
玉椿咲き満つさまにつらつらと傾ぎ笑へり莫山の蹟【て】は  十谷あとり
 ゆっくりと二月堂への石段を登りつめれば奈良一望す  雨宮司
 見おろせる吾を映さずに四方よりふる霧雨にささやく 井戸は  小林久美子
吐露すれば重さを持たぬ言の葉よ奈良公園に鹿の餌食む  棉くみこ
 
結ぶなかれ結べば願ひ叶わずと書かれし凶のみくじを透かす  十谷あとり
 とぢてまたひらく雨傘はじめての角しろじろと走りくる鹿  山吹明日香
「十時五十…いや十一時ジャストに集まれ」と生徒の自由に任せる教師 雨宮司
 フラッシュの光を仰ぐ四月堂、そのやはらかき響きの前に  山吹明日香
 生くるとは湿りゐること 汝の声 雨の敷石 鹿のくちびる  十谷あとり
 山々は雨にかすんで見えません街並だけが濡れていきます  雨宮司

吟行詠の整理が終わったところで、歌会を始める。歌会は〈自由題の部〉と〈吟行詠の部〉の二本立て。司会は小林久美子さん。まず〈自由題の部〉より、詠草が全部で六首と少ないので、「天=3点」「地=2点」「人=1点」という配点で三首選び、意見交換を行った。
 〈自由題の部〉詠草は左の通り。末尾( )内の数字は合計得点数。

サティアンが消え青年が去りしのちひとつの村が今日閉村す 桂山光代(6)

どこまでも素足の届く遠浅を雛の舟曳く清信女たち 十谷あとり(6)

穏やかな風貌のどこに激しさが渡海を果たした和上の像よ 雨宮司(1)

風待ちの港のやうな日々をゐて窓辺の椅子に垂らす爪先 山吹明日香(7)

低き屋根に浮かべる土のう青空にあこがれるかに白さを見せる 棉くみこ(2)

あかるみは寡黙だ 拭きおえた窓も窓をとおして濾過された陽も 小林久美子(8)

引き続き〈吟行詠の部〉の選歌・意見交換へ。こちらは歌数が多いので一人十首を選ぶ。選歌結果は「燃ゆるときよき香を放て杉の葉はあをきがままに松明となる」四票、「雨を含む砂利を踏むにはちょうどよい 黒のローファー強靭であれ」「薬指はつかそよがせ仏像の左手はくらき水面となりぬ」「陽の下に籠りの僧の佇つみれば紙衣の裾のけばだちてあり」「結ぶなかれ結べば願ひ叶わずと書かれし凶のみくじを透かす」三票…と、まんべんなく票がばらけた感となった。どれも今、みんなで見てきたばかりの情景が詠まれているのだが、それぞれの切り取り方や表現の方法の違いが面白く、勉強になった。

雨の中たくさん歩き、たくさんの歌を詠みまた読んだ歌会も午後五時を以って終了。最後に、参加者十二名による詞華集『沓冠 水取りの巻』が披露された。これは今回の合同歌会の場所と時期に因んで、芭蕉と子規の俳句を隠し題に、沓冠【くつこうぶり】の歌を詠み、それをまとめたものである。

『沓冠 水取りの巻』
水とりや杉の梢の天狗星  子規

[み]三日目の夜にようやく下がる熱 体温計を振る指白し[し]  藤井靖子   

[ず]図解した世界は粉に 白墨を舞い散らす風受けるよこがほ[ほ] 吉野亜矢

[とり]とりどりの神の降りるを見るように岸壁の少女波頭を仰ぐ[ぐ] 棉くみこ

[や]大和なる空くもりなく愁ひなく雲雀はうたふ非非非想天[てん] 十谷あとり

[こおり]凍りつく大雪原も三月となれば密かな春草の園[の]  雨宮司

[の]悩ひとつ去るまでを見た風がふきつづける街のはずれの梢[こずえ]小林久美子

[そう]そうだねとあなたの声が返るまで百年たった輝く夏野[の] 山吹明日香

[の]のび太君ドラえもんと住んでいるだからといって依存のしすぎ[すぎ]渋田育子

[くつ]靴のかたちの足をさすればたましいもこういう感じせまくなる部屋[や]  イソカツミ

[の]野のかぜはふいに裏木戸から入り去るわたくしの声を受け取り[とり]大辻隆弘

[お]大父に手をひかれつつ見ていしは釈迦の足裏のぐるぐるの渦 [ず]桂山光代

[と]冬眠をするほどうすくなってゆく いつかのクスノキの置手紙[み] 笹井宏之

水取りや氷の僧の沓の音  芭蕉

       *  *  *

年に一度『レ・パピエ・シアン』のみなさんとご一緒させていただくこの機会、普段とは違う角度から批評をされたり、いつもより粘ってたくさん歌を詠むことができたりと、よい刺激をたくさん得ることができました。今回は開催時期が年度末と重なったことを反省し、「次回は春ということにこだわらず、気候のよい時にまた集まりましょう」と話し合って散会しました。
なお、『レ・パピエ・シアン』八十八号(二〇〇六年五月号)には、「東大寺吟行・合同歌会 かばん・パピエ合同企画Ⅲ」と題し、今回の歌会の特集が掲載されます。〈自由詠〉〈吟行詠〉の詳しい選歌評もございますので、こちらも併せてご覧いただければさいわいです。
ご参加・ご協力下さいましたみなさま、本当にありがとうございました。
(十谷 あとり)

by kaban-west | 2006-03-12 15:52 | 歌会報告


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