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2015年 01月 06日

12月歌会報告

かばん関西二〇一四年十二月オンライン歌会

〈出詠者〉安部暢哉・あまねそう・雨宮司・新井蜜(かばん/塔)・有岡真里(購読)・有田里絵・岩崎陸(購読)・小野田光・ガク(ゲスト)・黒路よしひろ(ゲスト)・小坂井大輔・小松才恵子(ゲスト)・佐藤元紀・杉田抱僕・蔦きうい(玲瓏)・とみいえひろこ・不思議童子・ふらみらり・茉莉(ゲスト)・山下りん(ゲスト)の二十名。〈選歌のみの参加者〉福島直広

十二月のお題は「忘れる」。二十首の「忘れる」が集まりました。

雪降りて冬の厳しさ極まれり酷暑の夏を忘るるほどに  安部暢哉
酷暑を経験した後に冬の寒さが急に訪れた印象があるため、酷暑の夏を忘れるほどだということに対しては多くの共感を集めたが、説明調でそのままな感じという評もあった。

後悔を重ねることでその一つ前の後悔を消してゆく  あまねそう
詠われた内容については賛否の意見が並立した。人生とはこういうものだという諦念が感じられる。定型に収めることも可能だと思われるが、作者は歌の内容に合わせて敢えて破調にしたのだろうか。

ぼんやりと杯を重ねど面影を忘れられない片恋の人  雨宮司
心からの呟き、あわーい感じ、せつない発想など女性陣から好評。演歌調という評もあり。「重ねど」は「重ぬれど」が正しいのではないか?

目覚めると思ひ出せない歌のやうだ日の暮れどきの僕らの恋は  新井蜜
大人の味わい、淡い淡い恋、美しく甘やか世界など好意的な評がある反面で三句目の「だ」を削って定型に収めるべきだという意見もあった。

指つなぎ愛しい記憶で埋めたい 凍てつく公園刃の接吻  有岡真里
道ならぬ恋であることが暗示されており気が狂いそうな恋の切迫感が秀逸。「刃の接吻」については過激で唐突との評もあった。

ゆうちゃんもサンタの手紙忘れたのツリーより背が高くなるころ  有田里絵
「ツリーより背が高くなるころ」で成長を表現しているところがよい。子供の成長に一抹の淋しさを感じていることがうまく表現されている。上句が誰の言葉なのか分かり難いところがある。

空ひかり君と登った丘きみと見た花みんなみんな忘れる  岩崎陸
「君、きみ」「みんなみんな」のリフレインによるリズムが好評。「空ひかり」の解釈の仕方により、離別の歌という解釈と、原爆や戦争の悲劇という解釈とに分かれた。

いま生きるならその陸を踏みしめろいつか忘れてしまうのだから  小野田光
熱くて青臭くても前向きな歌。上句の命令形は、力強さを生む反面、気取り過ぎという評も。「陸」という表現については疑問が呈された。

忘れたと思ったころに受信する君のメールは堕天使の地図  ガク
「堕天使の地図」とは退廃的な生活への誘いということか?「堕天使」という言葉のせいかアニメ的という評もあった。

君とした高二の夏の約束は忘れ去られて煌めきの中  黒路よしひろ
「高二の夏」がいい。誰にも甘く切ない高二の夏の思い出があるもの。「忘れ去られて」と「煌めきの中」がうまくマッチしないように思われる。

香水の匂いにあわてて振り返りゆっくり顔を思い出してる  小坂井大輔
匂いはどんな感覚よりも鮮明に記憶を刺激するもの。そのことがうまく表現されている。

友人が置き去りにしたのど飴を届けるだけが予定の土曜  小松才恵子
重要ではない予定のある土曜日ののんびりした感じ、とりとめのなさが良い。

忘れめや難波の葦の仮寝ならぬひとよのはての露のあけぼの  佐藤元紀
式子内親王の「忘れめや」の歌と皇嘉門院別当の「難波江の」の歌が連想される。古典的表現に頼り過ぎの感がある。

あの夏に君とさよならした僕は忘れな草の色を知らない  杉田抱僕
「あの夏」には既視感があるが「忘れな草の色」という表現が良い。ただ「忘れな草の色を知らない」の意味することが「忘れないでなんて思わない」ということなのか「忘れることができない」ということなのか解釈が分かれた。

一緒にはかへれぬ家路に山冴えてしのびねにほふ空ぞ忘れぬ  蔦きうい
「一緒にはかへれぬ家路」という表現が読者の心をつかんだ。下句については式子内親王の「ほととぎす~空ぞ忘れぬ」の歌の本歌取りとして評価する声と上二句の口語調・説明調とうまくマッチしないという声とがあった。

そのたびに川を名付けては呼びてみつ忘れ合うことわすれあうこと  とみいえひろこ
下句の漢字表記とひらがな表記のリフレインが好評。リフレイン部分については読者によりさまざまに解釈されている。上句と下句の関連について分からない、リフレインが効果をあげていないという声もあった。

もう来ないあなたの代わりにそっと置く忘れていった銀のライター 不思議童子
「銀のライター」についてフィクションの色がするという評もあるが、「あなた」への思いを物で表現したところが良い。

保険証忘れた理由を待合いにいる人皆で聞き入る師走  ふらみらり
高得点を集めた歌。場面がありありと想像できる。他人の言い訳は興味があるものである。

電飾に彩られたる裸木【らぼく】には失いし葉を忘る夜【よ】のあり  茉莉
「失いし葉を忘る夜」という裸木の擬人化、電飾によって失った葉を忘れるなど技巧的表現が目立つ。歌意については「電飾に彩られた裸木」の描写という解釈とそれを人間関係の暗喩とよむ解釈があった。

逝くための大切もあり年ごとに荷物を下ろす母の健忘  山下りん
年老いていく母を優しく見守る子の愛情が感じられる歌。健忘を「逝くための大切」と捉える大らかな視点が良い。

題詠の部は以上です。以下自由詠の部の好評歌をご紹介します。

ああ私ゾンビのようだ泣きじゃくりあなたの膝にまとわりついて  小松才恵子
革マル系まえがみ垂らした曽根理実子そのみみうらのファ音のほくろ  蔦きうい
廃業のパチンコ屋指して「あれはねぇ、サンタの工場」って若い母親  ふらみらり
俺が今ここに生きをる理不尽の湯豆腐喉をすべり落ちゆく  佐藤元紀
わたくしの骨の居場所はどこでしょうさっきまで覚えていたけれど、 岩崎陸

(記/新井蜜)
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by kaban-west | 2015-01-06 21:41 | 歌会報告
2014年 12月 04日

11月歌会報告

〈二〇一四年十一月かばん関西オンライン歌会〉

〈参加者〉
安部暢哉・あまねそう・雨宮司・新井蜜(かばん/塔)・有岡真里(購読)・有田里絵・岩崎陸(購読)・小野田光・ガク(ゲスト)・紀水章生(中部短歌会/塔)・黒路よしひろ(ゲスト)・小坂井大輔・小松才恵子(ゲスト)・佐藤元紀・杉田抱僕・蔦きうい(玲瓏)・とみいえひろこ・福島直広・不思議童子・ふらみらり・文屋亮(玲瓏)・兵站戦線(かばん/塔)・茉莉(ゲスト)・三澤達世・山下りん(ゲスト)


雨宮さんから提示されたお題は「あたたかい」。今回初めて参加された方も含め、にぎやかで濃密な歌会になりました。こうもひとりひとりの読み方とは違うものかと毎回思わされます。


〈あたたかいひと〉
或る点に触れないきみのやさしさはこの胸に咲くあたたかい霜  小野田光
冷えた手で繋ぎあってもあたたかい「いつも」を違う角度で見れば  小坂井大輔
あたたかなふくら脛だな冷え性のわたしと彼の恋の温度差  黒路よしひろ

一首目。霜は、痛い。「あたたかい霜」という矛盾した表現によって、あえて「或る点に触れない」ことのやさしさが述べられています。下句で美しく的確に、まさに霜のような一抹のさびしさが表現されている一首。心象と読んだ人が多数。「触れない」ことは、やさしさでしょうか。
二首目。それをあたたかく感じるか冷たく感じるかは、結局のところ関係性次第。自分から視点を少し変えて見てみるということの難しさに気付くきっかけとなった一首。下句がやや説明的すぎるのでは、という意見も。ところで、このあたたかさは二人の間で共有されているのでしょうか。
三首目。自由詠でも、主体が女性の歌を詠まれていた黒路さん。意外な比喩にリアリティがあるという意見、「ふくら脛」に触れたのであろう関係を描くことでその親密さをにおわせる描き方が上手という意見。その温度差の描き方がパターン化しているのではという意見も。「わたし」はもう、冷めてしまっているのでしょうか。

温かい手の人だったと思い出すつまずく母の手を取った時  あまねそう
冬の夜の小鍋独酌ながながと四方の嵐をあたたかく聴く  佐藤元紀
あたたかな瞳の君が星になる うつむきません追ひ続けます  有岡真里

一首目。つまずいた母に思わず手を差し出した〈瞬間〉を捉えることで、母の手のぬくもりの〈記憶〉がぐっと主体と読み手に迫ります。「温かい手」と主体の間での、その瞬間までの距離感も胸を衝く、巧みな歌。抑えた筆致にさまざまな感慨を託しています。
二首目。「あたたかく聴く」ことができるのはあたたかい人。ひとりきりでいるときにこそ隠せない、人間の芯の部分にある〈あたたかさ〉が感じられる、魅力ある一首。「四方の嵐」と対比させたことで浮かび上がる静けさや情緒が余韻をのこします。
三首目。多くの人が「星になる」を手がかりに挽歌として鑑賞しました。相聞、あるいは目標とするような人への強い憧れが伝わります。下句の前向きな姿勢や一途さを評価した人、「追ひ続け」るという覚悟にやどる情念がそれほど伝わってこないという人。「なる」という時間を含んだ表現に、切実さがこもっているよう。

〈あたたかい食事〉
あたたかいかぼちやスープが飲みたいとメールを流す宇宙船から  新井蜜
あたたかなスープの香る夢だつた思ひ出せない誰かの名前  文屋亮
ぐつぐつと煮込んだおでん火をとめてゆっくり冷ましまたあたためる  福島直広

一首目。宇宙という隔離された空間で、日常生活のぬくもりの象徴ともいえるスープを求める。その人間くささが、宇宙の壮大さとの対比になっています。もっとSF心をくすぐる単語が入っていればよかった、「メールを流す」という表現が複数名への一斉メールの気配がして上手、という意見も。
二首目。誰しも、目覚めたときにあれは何だったかなという夢をみたことがあるはず。そんな夢の余韻が三句目までほんのり香り、四句、結句で現実に引き戻されます。そこに流れるドラマの完成度の高さや旧仮名の雰囲気が魅力的。「誰か」を軸に想像が広がりました。
三首目。なんということはない情景描写のなかに生活の実感が丁寧に描かれている、印象的な一首。よく煮えてゆくさまが人の心の有り様を思い起こさせもします。おでんだけの描写によってその奥にある物語が次々に広がっていくという意見、もう少し違う視点からアプローチしてみてもよかったのでは、との意見も。

〈あたたかい日〉
あたたかく虫歯が疼きそうな日を振り向くんじゃないお前の道だ  雨宮司
あたたけく陽気なるかと疑へば秋時雨来てもはら去りゆく  兵站戦線

一首目。言われてみればたしかに、あたたかい日には長年の虫歯が疼きそう。前半と、後半の大仰さのミスマッチが面白い一首。あたたかさは傷に沁みる。その傷を表面には見えず本人にだけ甚大な痛みを与える虫歯に喩えたところが良かったのでしょう。ときどき登場する歯医者ネタに盛り上がりました。
二首目。去りゆくのはあたたけき陽気か、秋時雨か。いな、去りゆくのは自分。季節の移ろいや今いる場所、関わっている人たちから降板するのかもしれません。初句の連用形、「疑へば」という強い言葉が気になります。とはいえ、美しい正仮名にうっとりさせられました。

〈あたたかい言葉〉
暖かい話をいつも求めつつ歩き続ける冷たき街を  安部暢哉
無言でもあたたかいんだ君の吐く白い息だけずっと見ている  ふらみらり
温かき言葉と英語のflowerの綴り忘れぬ我でありたし  茉莉

一首目。「冷たき」により、主体にとっての「暖かい話」の必要性が引き立っていますが、ストレートすぎる言葉の対比にやや拙さが出たのでは。「歩き続ける」ことは生きることとして鑑賞でき、「暖か」さを求めながらも、都会の孤独を生きるメランコリーが立ちのぼります。
二首目。冬のあたたかな相聞として鑑賞した人、二人の恋をあくまでも個人的に感じとっている切なさを鑑賞した人に分かれました。いずれにしても「無言」が効いており、逆光に輝く「白い息」を際立たせています。情景が目に浮かぶような一首。
三首目。「flower」の綴りがきれい。その単語にまつわる記憶を大切にしたいのでしょうか。「flower」の原義は「最良の部分」とのことですが、なぜ「flower」なのか?そこをどう捉えるかが、どう鑑賞するかの鍵になったようです。「我」というまとめ方が少し安易では、という意見も。

〈あたたかい場所〉
あの日から帰らぬつばめ此処よりもあたたかき地に戯れるのか  小松才恵子
セーラほど不幸じゃなくてもこんな日は暖かい部屋に迎えてほしい  杉田抱僕
午後九時を過ぎても店はあたたかいモスジーバーの笑顔も置いて  紀水章生

一首目。「つばめ」を実際の燕と読んだ人、「若い男性の恋人」と読んだ人に分かれました。燕の旅立ちを詠んだ歌であれば上句の説明調と「あの日」の思わせぶりが気になります。恋人へのうらみごとを詠んだ歌なら、下句の趣き深さが光ります。未練を残しつつも諦めて見送る、「あたたか」な眼差しも滲むよう。
二首目。セーラとは「小公女セーラ」のことでしょう。セーラはその不幸ゆえに暖かい部屋に迎えられているけれどわたしは…という心情。この微妙な格差的抒情という着眼点の鋭さ。辛いことのあった一日を、コミカルにさらっと表現するという余裕が感じられます。「こんな日」がやや甘いという意見も。
三首目。「モスジーバー」とはモスバーガーの高齢店員のこと。高齢者が笑顔や「あたたかい」という言葉とともに描かれるという着眼点が魅力的。人工的な明るい空間の中で働く高齢者の光景からは、未来的な不思議な味わいも。笑顔は固定できないため、結句の「置いて」には違和感も。

〈あたたかい情景〉
リコーダー奏でる生徒らのゆびは重なりあってきっとあたたか  有田里絵
吸いこんだときにひゅう、ってくるでしょう。あたたかいままじゃだめな、煙ね。  とみいえひろこ
あたたかく触れし汽笛もゆきゆきて 記憶響きぬ星の停車場  岩崎陸

一首目。高得点歌。いかにも体温の高そうな子どもたちの、たくさんの動く「ゆび」に焦点を絞った具体的な描写で懐かしさや音の「あたたかさ」がストレートに伝わります。「ゆびは重なりあって」がどういう状況なのかが分からない、「ら」で焦点がぼけるという意見も。
二首目。若い女性の台詞なのか、全体的にただよう〈ぬるさ〉、感覚的な描写による分かりにくさが、解釈に幅を持たせておもしろいと受け入れられました。「あたたかいままじゃだめ」なものとは、メンソールの煙草?恋愛?人生?句読点は必要だったでしょうか。
三首目。『銀河鉄道の夜』や『銀河鉄道999』を想像した人が多数。大らかな空間の広がりに流れる、寂しく優しいSFのような世界観が魅力的という意見、雰囲気のいい言葉にプラスアルファがあればという意見が、一字あけが歌の流れを削いでいるのではないかという意見も。

もそもそと枇杷咲く季節あたたかなカフェオレボウルに添える指先  三澤達世
タイトルは「あたたかな地図」くつしたに浸す檸檬であなたを歩く  蔦きうい
荒磯に打ち上げられた暖かい魚の肌は波に崩れぬ  ガク

一首目。こちらも高得点歌。「もそもそ」という見事なオノマトペが季節と呼応して呼び込むあたたかさ、「指先」への着地が魅力的。一つ一つの言葉が確かな印象を持たせ、それが結びついて一首をなしています。「枇杷」「カフェオレ」「指先」。名詞が複数あり、ポイントがぼやけてしまったという意見も。
二首目。「あたたかな地図」=「あなた」ととれば、主体が「あなた」を「くつしたに浸す檸檬」で歩くことになります。独特の修辞の魅力からさまざまな想像と疑問が広がりました。地図を見ながら歩くように、私の知らないあなたをひとつづつ探して歩くのだ、と人生を読み取った人も。「くつしたに浸す檸檬」が難解過ぎたよう。
三首目。生命というサイクルを大きな視点で描いたからこそ現れる美しさが印象的です。情景を淡々とかつ鮮やかに切り取った一首。「崩れぬ」に生き物の持つ宿命的な無常観が宿ります。ここでは「温」ではなく「暖」が使われており、「暖」の対義は「寒」。「寒い魚の肌」は成立しないのではという意見も。

失って/すべてが冷めた世の中で/落ちる涙が/ただあたたかい  不思議童子
脱ぎたての暖かき繭並びたるいつか旅立つ君らのベッドに  山下りん

一首目。自分の涙以外に暖かいものがないという絶望。分かち書きが新鮮で、心情が素直に述べられているため、切実さや真実がこもっているようです。全体的に観念的な世界、類型にはまっている感がある、分かち書きの効果は果たしてあるのか、という意見がありました。
二首目。高得点歌。親が子を見守る視線でしょうか。新生児室の風景ととらえた人も。眠る子を繭と捉えた気付き。そしていつかは手放さなければならない、そこに息づく不安感が一首の中にまとめられています。三句目の連体形はベッドに連なってしまいます。結句の字余りのだらしなさも気になりました。



無理矢理ジャンル分けして紹介しましたが、「あたたかい」という言葉にまつわるイメージは、本来ジャンル分けできないものなのでしょう。さまざまな要素が作用し合って醸し出すもの。それでも、「あたたかい」とは既に固定したイメージを持つ言葉。それをどこまで、どういう風に広げるのか、裏切るのか、発見するのかが鍵だったようです。今回の歌会は宇宙的な広がりがある歌が多かったという意見もありました。

自由詠より高得点歌を五首紹介します。

「日曜が少し多めのカレンダー置いていますか? 売り切れですか……」  あまねそう
白衣着たオヤジが布施から乗って来た551の豚まん提げて  福島直広
ギザギザが急にいとしいものになる心拍数の山がきれいだ  有田里絵
まな板が嫌いな従姉にひっそりと贈る肉斬り鋏はピンク  蔦きうい
湯気白き眼鏡にふたり箸をとめ笑う師走の町のうどん屋  小松才恵子

さまざまな歌やコメントに触れることができました。

(記:とみいえひろこ)
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by kaban-west | 2014-12-04 00:20 | 歌会報告
2014年 12月 03日

阿倍野オフライン歌会

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かばん関西阿倍野オフ会記

< 歌会参加者 >
雨宮司、新井蜜(かばん/塔)、有岡真里(購読)、有田里絵、ガク(ゲスト)、黒路よしひろ(ゲスト)、小松才恵子(ゲスト)、澤洋子(ゲスト)、塩谷風月(未来、レ・パピエ・シアンⅡ)、杉田抱僕、蔦きうい(玲瓏)、福島直広、ふらみらり

関西の霊峰阿倍野ハルカスの麓近く、阿倍野市民学習センターで行われたかばん関西オフライン歌会。
今回は遠く広島から杉田抱僕さん、地元大阪から小松才恵子さんが初参戦して下さいました。
また、特別見学枠として澤洋子さんも参加してくださり、いつにも増して盛り上がった歌会となりました。

歌会の進行は総合司会の有田里絵さんの指名で、前半の司会進行を蔦きういさんが、後半を塩谷風月さんが担当し、常に笑いの絶えない楽しい雰囲気の中でときに辛口の批評も交えた有意義な時間となったように思います。
以下に、当日の提出歌の一部を紹介。

< かばん関西阿倍野歌会 詠草・一部紹介 >
救命を担うつよさに刺されそう医療従事者らの足さばき   有田里絵
潮引きてなぎさに掬【むす】ぶ珊瑚砂の粒子の間【あひ】ゆいのち這ひ出づ   澤洋子
コンビニで私を脱ぎ捨て用のある人に混じったはれがましさよ   ふらみらり
県境の同級生からラインくる「夜風が今を撫でて眠れぬ」   蔦きうい
追い風を味方につけて自転車を漕げば着くなり始業の前に    ガク
若き日は光の駿馬となりて去る夕焼け雲を舞い上がらせて    雨宮司
気づいたらセーラームーンが年下になってて平和はもう守れない   杉田抱僕
横断歩道をわたる四人にさらはれて港で胡椒を売る少女たち     新井蜜
また今度なんて生意気いう君にぎゅっと抱きしめしてやれキッス   黒路よしひろ
悔しさが胸で炎の海となる涙も聲も飛び散る火の粉      有岡真里
すべり台すべる側から駆け上がり見上げた先はどこまでも空    小松才恵子
西神【せいしん】の工業団地の西に吹く風は甘いぞゴーフル工場     福島直広

歌会後は近くの阿倍野キューズモール内にある飲食店で恒例の懇親会も開催。
歌会でのまじめな雰囲気とは打って変わって、アルコールの力も加わり箍の外れたメンバーたちによる私生活の暴露や、恋ばなしなど、未成年である杉田さんへの配慮も忘れずこちらも大盛り上がりの楽しい一夜となりました。

また、帰宅後には不肖黒路によるメーリングリストメンバー限定特典の、表の歌会記にはけっして載せられない赤裸々なかばん関西の秘密も裏歌会記として報告。
その詳細は、ぜひみなさまもかばん関西に参加して確認していただければと思います。

かばん関西では関西在住者に関わらず広く多くの参加者を募集しております。
見学のみの参加も可能ですので、興味のある方は係の方までお気軽にご連絡ください。

(記:黒路よしひろ)

・・・・・・

黒路さんの個人ブログで歌会の様子が紹介されています。
→W-ZERO3 短歌的活用術
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by kaban-west | 2014-12-03 23:50 | 歌会報告
2014年 11月 08日

10月歌会報告

 かばん関西二〇一四年一〇月オンライン歌会記

〈参加者〉安部暢哉、あまねそう(選歌のみ)、雨宮司、新井蜜(かばん/塔)、有岡真里(飛聲/購読)、有田里絵、小野田光、ガク(ゲスト)、紀水章生(中部短歌会/塔)、黒路よしひろ(ゲスト)、小坂井大輔、小松才恵子(ゲスト)、酒井真帆、佐藤元紀、十谷あとり(日月)、杉田抱僕、蔦きうい(玲瓏)、とみいえひろこ、福島直広、ふらみらり、文屋亮(玲瓏)、兵站戦線(かばん/塔)、茉莉(ゲスト)、山下りん

≪兼題「料理」≫
 蔦氏の指定で、必ず料理名を詠み込むことが作歌の条件となった。豪華な料理から親しみのある料理まで、幅広いメニューが揃い、盛会となった。

月蝕が始まつてゐる(別れには)とつてもミネストローネな夜だ  新井蜜
くびすじは生ハム春巻あしゆびは南瓜のニョッキ秋の深窓  蔦きうい
シウマイのウは鮮やかにスルーされ意義も唱えずユに身を隠す  小坂井大輔

 新井作品。月蝕の赤とミネストローネの赤が愛や別れの孕む狂気と合っている、豊穣と月蝕との対比は不気味ですらある、との鮮烈な肯定の一方で、( )の必然性はあるのか、ミネストローネを食べたことがないから理解できない、等の意見もあった。蔦作品。比喩の大胆さに全てがかかっている、エロティックな作風の読後感が心地良い、との意見が目立つ一方、「秋の深窓」で終わる構成には疑問も出された。小坂井作品。「異議」を「意義」としてしまうケアレスミスもあったが、「シウマイ」に巻き込まれた音に対する共感は多かった。「シウマイ」の表記は店が「旨い」を商品に籠めたいと願った結果だったという裏話も。余談だが、「未来」の加藤治郎氏がツイッ ター上でしきりと「シウマイ」を呟いていたのは公然の秘密である。

頬打たぬ雨が流るる窓のむこう傷付けたのだろうサラダ冷ゆ  とみいえひろこ
あっそうだ一人だったな 筑前煮のごぼうだけが残っているから  杉田抱僕
具を入れず毎朝作るオムレツで祇園精舎の鐘から逃げる  酒井真帆

 とみいえ作品。中途半端な冷えになったサラダと共に、傷つけた他者を待っている様子が共感を呼ぶ。雨の効果への指摘も多数集まった。今回初参加の杉田作品。作中主体が苦手とする牛蒡のみが残った様子の雄弁さに意見が集中する。そこから二人でいることの意味に言及する者、多し。酒井作品。日常の繰り返しにはうんざりする、それでも生きることの確かさは確認せずにはいられない、と理解を示す者がいる一方で、オムレツと祇園精舎の鐘との関連が解からない、と悩み続ける者も多かった。

出汁かをるおでん白滝ここちよい歯触りたのし小雨の桂  有岡真里
お互いの出身星を教えあい地球風味のおでんをつつく  黒路よしひろ
ガルビュールに赤唐辛子二本入れとろ火のままにおまへとの冬  佐藤元紀
半球の黄色い海が揺れる朝カシャカシャカジュ-僕はエリンギ  福島直広

 おでん二題。まずは有岡作品。匂い、舞台、リズム感の全てが心地良いという絶賛や、「たのし」の背後に誰かとの会話を読み取る見解があった。そこまで共感しなくても、歌の上品さや、ミスマッチ感覚の妙を指摘する者もいた。黒路作品。SF風味の設定に想像力を喚起する者、多数。異なる星の異文化同士が交流する様子が素晴らしい、日本国内でも千差万別なおでんの味が「星」「地球」といった壮大な言葉とのギャップに上手く収まっている、等、スケールの大きさにはほぼ全ての者が共感を示していた。シャイなのでこの様には語らえない、という意見も。高得点歌。
 佐藤作品。ガルビュールとは、フランスの、豚肉と野菜ベースのスープのこと。鼻につく寸前の格好良さに心を掴まれる者や、「冬」がじんわり効いてくると言う者がいた。一方で、どこかキャッチコピーめいていると感じる者もいた。福島作品。「カシャカシャカジュー」に足を掬われる者が続出。普通に読むと玉子でオムレツを作る擬音だと判るのだが、「カジュー」がアマゾン流域にある果物と同音である為に悩まされる者もいた。やはり約束事は守ってほしい。

いつまでも理解できないカレー丼受け皿変えて済むものでなし   有田里絵
端的に「好き」とそらにはうろこ雲カレーライスにサワークリーム  兵站戦線
昼休みカレーライスは冷え冷えと帰るあてなき主【あるじ】を待てり  ガク
団地中カレーが香る夕暮れを振り切ってゆく家出少年  小松才恵子

 カレー四題。有田作品。海外には器を変えただけで呼称が変わる料理があるのだろうかという疑問や、うどん屋や蕎麦屋で食べるのがカレーライスと全く別物であることを許せるかどうかで作品への共感度が変わるという指摘があった。ちなみに、カレールーを出汁で溶くのがカレー丼の通例である様だ。兵站戦線作品。「端的に」が効いていると捉える意見が多かった。うろこ雲がいわば非在の存在ではないかという疑問や、「うろこ雲」で美味しそうに思えるという意見もあった。詰めこみ過ぎでイメージが分散するという見解も。ガク作品。冷えたカレーのわびしさ、寂しさへ共感を寄せる意見、多数。無人の部屋を連想した者が大半だったが、そうなった状況が解からな いと言う者や、カレーを用意したのは誰だったのかと悩む者もいた。続いて小松作品。家出少年とカレーの匂いの対照の妙に感じ入る者が大半を占めた。カレーを家の象徴と見立て、それを振り切ってゆく家出少年の決意の強さに思いを馳せる者が少なからずいた。高得点歌。

何ひとつ果たせぬ一日夕の餉のかきたまの雲も掬ひそこねて  十谷あとり
定番という暖かさになり栗ごはん食卓に盛るお茶碗四つ  山下りん
発光ダイオードには敵【かなわ】ぬも三色丼【さんしょくどんぶり】食卓を明るうす  茉莉
蜜からめ大学芋となるはずが飴の膜張り抜糸地瓜【パースーチィクァ】  雨宮司

 十谷作品。「かきたまの雲」の非力さに共感する者と、逆に力強さを得た者に大きく分かれた。明日は頑張れそうなユーモアを感じた者や、「雲も掬いそこねて」私を救いそこね、そこに在ることで多くの人を救っている、という読みもあった。高得点歌。次に山下作品。「定番」をどう捉えるかで評価が大きく分かれたが、概ね家庭的な雰囲気を享受している様だった。茉莉作品。時事詠としての側面も持つ唯一の短歌。アイデア倒れになった感もあるが、平和な情景に好感を抱く者は多かった。何を以て三色とするかは各者各様。海鮮系と肉・玉子系に大別できる様だった。雨宮作品。凝りすぎて興を削いでいる、正直なところ違いが判らないという意見が多く寄せられた。 狙いをシビアにし過ぎたか。滑稽さを評価する者もいた。

薄焼きの嘘はお嫌い? 重ねれば胸焼け だけど美味ミルフィーユ  小野田光
ジンジャーマンクッキー作るこの子にもやがて出てゆく理由ができる  文屋亮
ドーナツを六コ食べたいきさつを鏡の中の美容師語る  ふらみらり
ハルカスにふたり下界をながめつつタピオカ抹茶ミルクをなめる  紀水章生

 小野田作品。嘘を恋愛の一部と認めるか否か。見解は割れたが技量は買う人が少なからず存在した。「嘘」がどこに係るのか疑問視する意見や、演出過剰ではないかという苦言もあった。文屋作品。第三句以降の率直な諦念への共感が非常に強かった。人型のクッキーを子供が焼いて食べたり他者にあげたりする行為に冷静な怖さを感じる者や、出ていく理由を書かないのがいいという指摘もあった。高得点歌。ふらみ作品。視点の面白さへの言及、実話っぽいとの指摘があった。第二句六音の字足らずの是非を問う意見が集中し、数の上では圧倒的に七音にした方がいいという結論になった。紀水作品。ハルカスは日本一の高さを誇るビルの名。特権的な視点を持ち、贅沢だが 天上のものではない物を飲まずに「なめる」。エロスと退屈と不穏が渦巻いている。

≪自由詠≫

一部をピックアップしてみた。制約を解かれた自由な空気を、ぜひ味わってほしい。

秋の空気切り出せば薄荷のかをりして星は光をきりきり絞り  文屋亮
十三夜ひと月経てばその分の残りの時間短くなれり  安部暢哉
ひとひらになりて押さるるままふっと見えなくなった秋の青空  とみいえひろこ
チャーシューのおまけぐらいじゃ止まらない失恋に泣く僕のなみだは  黒路よしひろ
いまは亡き尾のさびしさに耐へかねて人は生きたり樹上の夢に  兵站戦線
我はまだざわざわとして曼珠沙華五十の道やただただ赤く 山下りん
空ふさぐ飛行機の腹あおぎ見てこれなら届くと背伸びする路地  ふらみらり
だれにでも優しいところが好きだけど同んなじ理由で死ねとも思う  小坂井大輔
冬を急ぐいのちにまかせ狩りゆかむおまへのはだのはやきもみぢを  佐藤元紀
高架下のシャッター開き秋の日にあたたまりゆくあまたの柩  十谷あとり
体温の届く範囲は縄張りです侵入したら私にします  杉田抱僕
薄野をゆびからませて巡礼すグラナダかんのんグラナダかんのん  蔦きうい
(雨宮司・記)
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by kaban-west | 2014-11-08 20:19 | 歌会報告
2014年 10月 05日

9月歌会報告

かばん関西二〇一四年九月オンライン歌会

【参加者】
あまねそう、雨宮司、新井蜜(かばん/塔)、有岡真里(飛聲/購読)、有田里絵、小野田光、ガク(ゲスト)、紀水章生(中部短歌会/塔)、黒路よしひろ(ゲスト)、小坂井大輔、小松才恵子(ゲスト)、佐藤元紀、塩谷風月(未来、レ・パピエ・シアンⅡ)、十谷あとり(日月)、蔦きうい(玲瓏)、とみいえひろこ、福島直広、ふらみらり、茉莉(ゲスト)、山下りん(ゲスト)


天高く馬肥ゆる秋となった九月、塩谷氏から出された兼題は「靴」。足元を見ると人となりがわかると言いますが、個性的なかばん関西の面々、どんな靴を履いてどこへ向かっていったのでしょうか。まずはご覧あれ。

静かなる紫色のパンプスが昨日はあった扉を閉じる  塩谷風月
紫色と閉じる扉が呼応して静かな情景が浮かび上がる。読んだ人それぞれが扉の向こうの世界に想いを馳せることができる一首です。

特大のサンダル探す骨折の足指かためてゐるひとのため  紀水章生
既視感があるとの意見もあったが、「心が暖まる」「LOVEですね」などのコメントのとおり「特大のサンダル」に作中主体の健気な愛と思いやりが感じられる一首。
 
スニーカーもからりと乾きひとりでに駆け出しそうな秋がまた来る  小松才恵子
清々しい秋の気配、心地よさがストレートに読み手の心に響いた最高得点歌。逆に失恋や物寂しさを思い浮かべたコメントもありました。

パンプスもサンダルも合わぬ吾が足の武骨なる様心より愛す  茉莉
無骨な吾が足をどう捉えるかで意見の分かれた一首。作中主体が男性か女性かでも様々な意見がありました。

脱いだ靴は揃へなさいと叱【いさか】ふこゑつめたくとほくなつかしからず  十谷あとり
「音読すると静かなのに過去との葛藤が迫ってくる。」との意見もあった歌の原点である音の大切さを感じさせてくれる一首。「叱【いさか】ふ」の使用方法に意見が分かれました。

革靴の底には柔き砂の上に我の重みを感じつつ海  あまねそう
リアルな身体的感触が感じられる一首。「助詞の使い方に再考が必要」「効果を狙った使い方だ」と相反する意見がぶつかりました。

風のないあしあとだらけの月面ではじめて素足に砂噛むヒトよ  小野田光
月面で素足に砂を噛むという発想が面白い、近未来的な世界観が詠われていて素敵な一首。素足では靴が出てこないとの意見に対し、素足をだすことによって存在しない靴を詠ったのだとの意見も。

爪先と踵を厚く施した男のフォーマル五本指だぜ  福島直広
五本指とフォーマルのギャップを捉えた面白い一首。ワイルドスギちゃんの「だぜ」を思い浮かべたり男らしい潔さを感じた読み手もいました。

靴ひもを結ぶ間に信号は青に変わった雨が降り出す  ふらみらり
結句の「雨が降り出す」が日常の様々を表した秀逸な表現か、はたまた平凡な表現かで評価の分かれた一首。皆さんはどう感じますか。

カーテンにヒールが消えてゆくまでを書きさしてゐる恋文の秋  佐藤元紀
思わず映画のワンシーンが浮かんでくる映像的な一首。「雰囲気は伝わるが状況がよく分からずもやもやが残る。」との意見もありました。

天井についた靴跡くのいちのあの娘【こ】が僕に恋した九月  黒路よしひろ
メンバーの多くが「あの人」を思い浮かべた、ある意味とっても分かりやすい一首。かばん関西ファンのあなたにも分かりますよね。

いい靴はいい場所を知るものだよと祖母は言いおり敬老の日来  有田里絵
下句の通り敬老の気持ちが伝わる一首。「いい」靴、場所を是非教えて欲しいとの希望多数。
 
カタカタと僕のうしろでハイヒール片方だけのカタカタカタカ  ガク
なぜ片方と分かるのかと全うな意見多数の一首。「カタカタ」のオノマトペに、いらつく音、後をつけられている音など違った解釈がありました。

別れなど何でもないさ茜さすBlue Suede Shoesの音量上げろ  新井蜜
それぞれが、明るさ、虚勢、疾走感など様々な感情を受け取った一首。Blue Suede Shoesを知らなかったという読み手もいたが、曲を聴いてからもう一度読んでみると違った感情が湧き出てくるかも。

偉人さんに連れていかれて赤い靴時代の一歩を踏み出して行く  山下りん
有名なあの童話の本歌取り、初句がこの文字になったことで読みが広がった一首。結句に具体性があった方がいいとの意見がありました。

つい靴をふんだ立秋その日からあずさの瞳にはにかむ翳り  蔦きうい
かばん関西のアイドル「あずさちゃん」を詠ったあずさ歌その一。「あずさちゃん」について詳しくは過去の歌会記をご覧ください。

靴べらに深くお辞儀をするように人差し指で作る靴べら  小坂井大輔
日常の何気ない動作の一瞬を切り取った一首。それにしても靴べらがあるのに使わないなんて不精というか間抜けというか、作中主体のズボラ感がユーモラスに表現されています。

あずさ姫きっと本当は待ちぼうけよし君早く硝子の靴を  有岡真里
あずさ歌その二、メンバーはどんだけあずさちゃんが好きなのでしょうか。「待ちぼうけさせたりしていないでいい加減行動にうつせ」というのがメンバーの総意。(ねぇKさん)

ヒールへと釘を打ちつけ複雑なリズムを刻むフラメンコダンサー  雨宮司
ダンスの靴音が響き、赤々と燃える情熱があふれだす一首、フラメンコの靴を知らない者には理解しづらいとの指摘も。

ひどい靴の履き方だったさらわれたままの魚の尾びれ冷えゆく  とみいえひろこ
多くの者が人魚を思い浮かべる中、お魚盗られたサザエさんの歌との評をした人もいた。想像が様々に広がる一首です。

ここでご紹介しましたのはメーリングリストのほんの一部、かばん関西はいつでもどこでもあなたをお待ちしております。
(ガク/記)
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by kaban-west | 2014-10-05 22:23 | 歌会報告
2014年 09月 08日

8月歌会報告

かばん関西二〇一四年八月歌会記

【参加者】雨宮司、新井蜜(かばん/塔)、有岡真里(飛聲/購読)、有田里絵、小野田光、ガク(ゲスト)、紀水章生(中部短歌会/塔)、黒路よしひろ(ゲスト)、小坂井大輔、佐藤元紀、十谷あとり(日月)、蔦きうい(玲瓏)、とみいえひろこ、福島直広、兵站戦線(かばん/塔)、茉莉(ゲスト)、三澤達世

今月の兼題は「新しい」です。進行係の有田さんが、街を歩いていたら「新しいやん」と若い女性が「ゆってたもーん♪♪♪」、との事で決まったお題です、詠込不問。それでは皆さん心して、どうぞ。

薄青のひらきつつあるあさがほに小雨ふる朝きみと別れた  新井蜜
ひらきかけたのに別れたなんてせつなくなる歌だ、さびしい朝の別れがさりげなく表現されている。完璧すぎる情景だったり、きれいすぎるかなとの意見もあった。

新仮名で書くならあずさ旧仮名で書くならあづさ口寄せる巫女  黒路よしひろ
神聖なる梓巫女の歌かと思わせていて、実は黒路氏が心密かに思いを寄せるあずさちゃんへの相聞歌だったのだ、まさか本人作だったとは!かばん関西皆の願いとして、黒路氏には幸せになってもらいたいのである、うふっ。

禾ある草、怒り、土、雨、夕星に名をし与へよあたらしき名を  十谷あとり
既に名のあるものに新しく名を付けようという気持ちの勢いや、普遍的な強さが感じられる。やや観念的に偏りすぎたかも知れない、との意見もあったが切実で力強い一首だ。

新しい花がおそらく降ってくるこの古ぼけた町を埋めんと  雨宮司
古ぼけた町、という表現に我が町への愛着、そこを埋めようする新しい花につい想像がふくらんでしまう。複雑な心情がひしひしと伝わってくる一首だ。おそらく、という曖昧な表現には賛否が別れた。

新しいノートに綴る一篇の詩には明るい言葉を散らそう  茉莉
明るく前向きで爽やかな読後感。やり直したい気持ちにただただ一辺倒に前向きな表現、そこに気恥ずかしさと共に、共感と郷愁が感じられる。短歌というより自由詩に近いとか、類型的に終わっているとの意見もあった。

ドラえもん大好きだけど新しい大山のぶ代はダメだ慣れない  小坂井大輔
‘新しい大山のぶ代’という表現には、面白いだとか、意味がわかりづらいというように、賛否が別れた。「やっぱりドラえもんはあの声でなくっちゃ、ダメよダメダメ」(ガク)、「感性が硬いせいでしょう。そんなんじゃ、短歌なんか読めないわよっ、あなた。」(蔦)

お夜食にわさびふりかけ指で舐め五さいの祝賀 暴君の笑み  小野田光
五歳児にわさびは大丈夫なのか、と心配する意見が多数みられたが、暴君の笑みという表現は好感が持たれた。誕生日のディナーにふりかけ御飯というところにリアリティがある、親ばか三昧の画像が送られてきそうだ。

人生の立ち位置見ずや恋ごころ未完の断酒日々に新し  兵站戦線
恋ごころも断酒も日々未完のまま繰返される、この二つの事が上句と呼応していてぐっと惹きつけられる一首だ。反面で並列させたことで印象が混乱してしまうとの意見もあった。結句の未完の断酒と言う表現には高評価が集まった。

ぴありとふ碧い硝子の耳飾り冷たき耳たぶ愛ほしく噛む  有岡真里
‘ぴあり’という名称に緊張感とみずみずしさが表れている。初句が説明しすぎか、との意見もあったが、下句の表現には男性陣はメロメロになってしまった。「うう~~ん、僕もあずさちゃんの耳たぶを噛んでみたいなあ。」(黒路)

灼熱の舗装道路を走り抜け探せ地図にも載らない街を  ガク
かっこいい、青春を感じさせる、男のロマンを感じるとの評価の反面で、舗装道路なら地図に載っているんではないか、との現実的な意見もあった。灼けるアスファルトの匂いがしてきそうな歌だ。

泣いたぶん体細胞は入れかわる左耳だけ新品かもよ  有田里絵
こんな想像で自らを支えながら生きるかわゆさとたくましさの感じられる一首だ。左耳だけという偏りが人間のアンバランスさを表している。口語表現には軽やかで効いている、と‘左耳だけ新品’がどちらかと言うと理詰めの発想なので、ゆるんでしまってもったいない、というように意見が分かれた。

ちゃらちゃらと修学旅行のバスに乗るそっとしといてさらぴんの靴  福島直広
そっとしといてに思春期の気持ちが良く捉えられている。ちゃらちゃらと、が何を表現したい擬音なのか読みとれなかったとの意見もあった。

新しい女の胸をさらさら さら むらさきの川なつかしく泳ぐ  とみいえひろこ
上句の新しさ、下句のなつかしさを一字空きの擬声語で結びつけている、そうしてえもいわれぬ官能に浸っていくのだ。むらさきの川が肌に透ける静脈を連想させる。また、新しい女、という表現が侮辱しているようだという意見もあった。

新しいノートをいまは開かない薄闇に香を放つ花束  紀水章生
新しいノートと花束の繋がりに色々な意見が交わされた。「新しいノート」=「香を放つ花束」=むろん恋する気持ちなんだ。内省のためのノートと、人と何らかの関係を結ぶ事で手に入る花束、あえて今はノートは開かないと選ぶのである。薄闇のなかに漂うのは香なのか主体なのか。

ゆくすゑは空もひとつの夜に昏れむ今新月のおまへを愛す  佐藤元紀
今月も佐藤氏の‘おまへ’の世界は健在である。美しくスケールの大きな歌だ、月の浮かばぬ暗い夜。‘ひとつの夜’が下句の展開を上手く引き出している。「私には書けないタイプの歌で、素直に感嘆します。人に何を開示するか、しないか、という人生の選択の違いがあるなあ、とつくづく感じます。」と三澤氏は熱く語る。片や…「うわ。」(有田)。

カノジョから卒寿お祝い窓かぜにピアスの御玉杓子が揺れて  蔦きうい
卒寿の祝いに御玉杓子のピアスのプレゼントがユーモラスながらも暖かい気持ちになる。
年を重ねるほど、素敵な恋の心をお互いに深めていけるのが理想なんだろう。突飛な設定にちょっとついていけないとの意見もあった。「卒寿に彼女からお祝いのもらえるそんな年寄りにわたしはなりたい。」(ガク)

まっさらな他人となって会いましょう次は出口を過たぬよう  三澤達世
「それくらいすっぱりいきましょう。大人ですもの」「上句に主体ならではの強さ、優しさが見えます」「賛成!!」(女性陣)。「やり直せるならそうしたい」「他人となったらもう出会う事は無いかも」「最初から出口を想定してしまうような、そーいふ、ひとを大事にしないよーな恋はいやだ」(男性陣)。と、くっきりと意見がわかれてしまった。
そんな中、黒路氏はまだ「あずさちゃんとどこかのお店の出口でばったりと出会いたいものです」と言っている。オイッ!!(男女一同)

自由詠の部で高評価だった歌
体内の塩にまみれる憂鬱をまるまる剥がす深夜の風呂場  雨宮司
縛り付けられてゐるのはあの頃の小さなジャンパーみたいな服だ  紀水章生
会うたびに「イオンモールができたね」と教えあってる距離の友達  小坂井大輔
朝あさに市役所前にすれ違ふ修道女そのあたらしき影  十谷あとり
プリウスの窓が開いておっさんが煙草をポイ捨てどどどやねんな  福島直広
タコ焼きにタコが入っていなかったあの虚しさのような八月  ガク
七月に落とした頬の影がまだ火を溜めている蜩川【ひぐらしがわ】で  とみいえひろこ

福島直広:記
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by kaban-west | 2014-09-08 09:45 | 歌会報告
2014年 08月 12日

7月歌会報告

 かばん関西2014年7月オンライン歌会

【参加者】あまねそう、雨宮司、新井蜜(かばん/塔)、有岡真里(飛聲/購読)、有田里絵、ガク(ゲスト)、紀水章生(中部短歌会/塔)、黒路よしひろ(ゲスト)、小坂井大輔、佐藤元紀、蔦きうい(玲瓏)、とみいえひろこ、福島直広、ふらみらり、兵站戦線(かばん/塔)、茉莉(ゲスト)、三澤達世、山下りん(ゲスト)※所属記載の無い方は「かばん」正会員。

 今回の歌会で進行係の三澤達世氏から出された指令は、7月14日を締め切りとして兼題「休」を詠み込めというもの。夏休みを目前にして、わくわくした心を言葉にのせた短歌が集まると思っていたが。それでは簡単な章立て形式にして、紹介したい。

  ★休みたいのだ!★ 

休みくれボーナス百万円程と三十連休程休みくれ  福島直広
 ストレートな表現に賛否両論。プロレタリア短歌だという意見、直接的で詩情はないという意見。叫んでいますね。

休めない休みたいけど休めない窓の外には抜ける青空  ガク
 とてもとても休みたい気持ちが反映されている。それでも休めないことがある。やるせない気持ちを青空に吸収させてほしい。

休みたい何も食べられずひたすらの吐き気にたふる朝を重ねて 佐藤元紀
 今回の歌会で一番疲れている歌。休ませてあげたいと思った人多数。つわりかと思った人も。ここまで疲れてしまうって。佐藤さん、みんな 心配しています。

休憩をとることのなき心臓が唯一我のタフさ と思う  あまねそう
 自分はタフではないと婉曲に告白しているところに好感がもてる。歌会に参加していることはタフな証拠だという意見もあった。

またしても休暇願いの理由欄なぜ歌会と書けなかったの?  ふらみらり
 そりゃ書けないだろうけど、それでいいんじゃないのというのが総体的な意見。短歌を作ってるってやっぱり周りの人に言いにくいのかな。

  ★恋する心に休みはないのか★

混ざり合うにおい覚えたシーツごと休みはじめる部屋 雨の音  とみいえひろこ 
 匂いは過去を呼び寄せて、湿度は嗅覚を刺激する。「雨の音」という言葉が効果的で、けだるく艶っぽい歌。

休ませよ心と体ひたぶるに駆け引きなしの恋の境涯  兵 站戦線
 駆け引きする余裕もないぐらいの恋 心は暴走して、休みたくても止まれない。本気で恋するってしんどいですよね。

弐時間の休憩買ふてたゞ髪をいとしく切りあふ きもち累るい  蔦きうい
 累るいとは重なり合う様のこと(黒路氏より)。休憩を買うという表現から、ホテルでの逢瀬で髪を切り合っている情景がうかがえる。「きもち累るい」も惹かれる言葉だが、「ただいとしく」がキーワードだと思う。

別れたら座って休めなくなった背もたれにただよりかかるだけ  有田里絵
 失くしてから、その存在の大きさに気がつくことを象徴した歌だろうか。電車の座席を思った人もいた。わかりにくい歌だが、一つ一つの言葉が具体的なので、想像を広げる手がかりがたくさんある。

僕の肩まくら で眠る休日の電車にきみが奏でる寝 息  黒路よしひろ
 よく見かけるような日常の風景だけれども、作者にとっては宝物のような時間を短歌という結晶にして手のひらでながめているような歌。

  ★母さんも休みたい★

母の顔休みて登る鞍馬山金星人と分けあふ紅茶  有岡真里
 母である立場をつかの間忘れて山に登ったときの開放感か。そんなときなら金星人に会えたかも。それとも一番星の金星と交信したのだろうか。

休日の母はカラオケボックスで光の模様を撒き散らしてた  小坂井大輔
 「光の模様」とはミラーボールだろうか。それとも母の生命力?いつもと違う母の一面を見て驚いている様子。でも、それをほほえましく思う作者の視点も感じられる。

  ★固有名詞はつよい ★

日傘さし三休橋にたたずみて別れ ませうときみは微笑む  新井蜜
 三休橋という固有名詞が効果的。日傘、橋、微笑みというとりあわせが狂気をはらんだ女性を連想させる。

あるがまま好き放題をやらかして風吹くままに一休宗純  雨宮司
 そんな生き方をしたいとつぶやいた人多数。アニメの人物像とは違う。でも、達観した僧だからこそ、好き放題やらかしてもぶれないものがあったのだろう。

  ★音楽にも休息はないのか★

休まらぬ頭は冴えて携帯の着信音にも音符が浮かぶ  茉莉
 疲れすぎて休みたいのに頭が冴えて、何気ない日常の音まで音符にしてしまうのだろう。もうその音符を子守歌に編曲することで、脳内をストレッチするしかない。

  ★休みの日、何する?★

海 へ行く高速道路は混むだろう大きな ものを洗う休日  三澤達世
今回歌会の最高得点歌。「大きなもの」とは何かという考察があった。心とか、命の洗濯という言葉も連想させる。作者はどこへも出かけていないのに、のびのびと休日を楽しんでいる。

 今回の歌会は、休日を楽しんでいるというより「休みくれ」「休ませよ」「休めない」「休まらぬ」「休めなくなった」「休みたい」と、疲れて休みたくてしょうがないのに、気まじめゆえ?に休めない、かばん関西人の悲鳴がたくさん集まった歌会となった。

 最後に、自由詠の中から、高得点歌を紹介したい。
ひとときのいこひは串をはづしつつあなたとつつくうづらのたまご  佐藤元紀
明日咲く用意ととのえ朝顔は女の指のかたちに眠る  有田里絵
ゆびさきに蛍とまらせゆくあなた風に仕へる巫女のやうなり  紀水章生

(ふらみらり 記)
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by kaban-west | 2014-08-12 19:58 | 歌会報告
2014年 07月 05日

6月歌会報告

かばん関西オンライン六月歌会

〈参加者〉二十名
あまねそう、雨宮司、新井蜜(かばん/塔)、有岡真里(飛聲/購読)、有田里絵、ガク(ゲスト)、紀水章生(中部短歌会/塔)、黒路よしひろ(ゲスト)、佐藤元紀、塩谷風月(未来短歌会/シアンの会)、十谷あとり(日月)、蔦きうい(玲瓏)、とみいえひろこ、福島直広、ふらみらり、文屋亮(玲瓏)、兵站戦線(かばん/塔)、茉莉(ゲスト)、三澤達世、山下りん(ゲスト)
※所属記載の無い方は「かばん」正会員。


今回の兼題テーマは、「手紙・メール」。「手紙やメール自体、ドラマ性のある言葉ですので、みなさんのドラマが読めるかなとも思いました。あるいは何かの喩として使うか、それも読んでみたかった。」という、あまねそうさんの期待以上に、どきどきドラマが大集合しました。梅雨という季節感ただよう歌が多かったのも感じました。

眠れないヒステリックな紫陽花の手紙がとどくドアが開いて  新井蜜

紫陽花「から」手紙が届いたのだろう。ドアからのぬるっとした風が想像できる。確かに、花は夜眠っていないのだろう。昼わたしたちが見かける花なんて、いちばん気の抜けた姿なのかも。

恋人のメールの末尾が濡れているたましいが少し重くなる梅雨  とみいえひろこ

恋人からの悲しい気持ちを伝えられたメールを、末尾が濡れていると表現したのが魅力的。梅雨時の重い気分と主体の心を結びつけた下の句も、上の句をうまく受けている。

別れた日すべて燃やした恋文がいま妻の手に「これは何なの」  雨宮司

過去の恋か、浮気な恋か、どっちにしても恋の痛む傷。その上奥様にこっぴどく怒られて。二次災害。怒る女性には小さな花束と色とりどりのケーキでなだめましょう。

文字たどり液晶越しに寄り添ひてしのびねかはすこと座とわし座   有岡真里

液晶が星空となって限りなくロマンを感じさせ、うっとりする。メールの文字と星は意外と親和性がある。「今年どうするー?」とか絵文字キラキラのメールしてるのだろう。

シンクへと夜空の星を沈めてたきれいなゆびに書かれた手紙  紀水章生

流し台に夜空の星を指で沈め込むという、上品さも感じられるこの空想が素敵。手にはきっといまでもたくさんのメモ書きが素敵な詩のように記されているのだろう。

メールではざわざわの木が泣いたこと伝えられないもう日が沈む  有田里絵

風に揺れて葉が擦れ合う木をざわざわの木と名付けた感性が素敵。伝えられる言葉よりも伝えられない言葉が、歌にはそんなマイナスなイメージが必要なのだろう。

おやすみのメールを交はすこれからも老いて恋せよ闇なればこそ  兵站戦線

お休みメールって、いいと思う。その一言を交わし合うだけで、あたたかな気持ちに、幸せな気持ちになって、今一緒にいられなくても、それが大きな力になるのだろう。

図らずも邪になる指先を滑らせて打つキミニアイタイ  山下りん

キミニアイタイは会いたい人がいる皆の共有知的財産。初句二句の言葉と結句片仮名書きが本心を隠す形になり、独特の孤立した感じを醸し出している。

返信はあしたあけぼのゆつくりといくたびも読むおまへの言葉  佐藤元紀

即答する人、しばらく空ける人。その時間差も含めてのメールだとお互い分かっている間柄なら、読み返すうちに「今頃、向こうも返信を待っているのかな」と思ったりする。

前触れといえばかすかな妄想のにじみがついたれもんの消印  蔦きうい

背景や意味はとれないものの「れもん」の平仮名が不気味。れもんの消印から何かが始まるのだろうが、悲しい未来を暗示しているようだ。

本日は手紙を配布しましたと学校からのメールが届く  三澤達世

学校からの単なる連絡メールだが、どうせなら手紙の内容もメールで伝えろよとツッコみたくなった作者の思いにおもわず共感してしまう一首。

伝えたい言葉は文字に出来なくて遥かな時の逢瀬を想う  ガク

あなたが伝えたいのは、もう会えない人なの?文字に出来ないのは、ぴったりな言葉が見つからないから?それとも言葉にしてはいけないの?なんて言ってしまいたくなる歌。

封筒に鱗が一枚入ってた足を失くして最初の便り ふらみらり

足を失くしても追いかけてくる、「私」のしるしとしての「鱗」を押し付けてくるうっとうしさ、分かってよとでも言いたげな陰険さがよく表現されていて、せつなすぎる。

憎しみも愛も吸い込む青い空しゅるしゅるしゅると文字は飛び交う  福島直広

電子メールの文字となって空を飛び交う様子を個性的なオノマトペと詠って素敵。実際には同じでものある憎しみや愛が青い空に吸い込まれていく様子が想像できる。

抽斗の似合う手紙を書こうかと。字は下手だけどそれでいいから  あまねそう

引き出しが美しい。いつまでもしまっておきたくなる手紙なのか、とりあえずしまっておきたくなる手紙なのか。読まずに即しまいこんで後日落ち着いてから読む手紙になるのか。

「永遠の怠惰ですね」と記された紙ひこうきが飛んでくる夏  黒路よしひろ

「永遠の怠惰」な生き方がいい。長いながい夏休みのような。詩みたいな味わいがある。おかえしの紙ひこうきを飛ばしてみたい気分。「こんどいっしょにジン・トニックでも」とか。

さやならってなんだよ最後の言葉ぐらいまともに打てよなんださやなら  塩谷風月

せつなくてグッとくる。最後の言葉は、心残りで、なんでもない言葉。結句「さやなら」のたまらない余韻、相手の使った言葉で終えるという優しさ。

クレヨンの線ぐいぐいとはみ出してなんてことのない初めての手紙  文屋亮

子供の書く初めての手紙の活き活きとした様子が目に浮かんでくる。「なんてことのない」という表現は、もちろん作者にとっては最大級の感慨なのだろう。

自由詠からも二首、紹介します。

売れ残る胡瓜の苗の百本もトレーの水に浸りて穏し  十谷あとり

トレーの水で生きる小さな世界と「穏し」という言葉の持つ大らかさ、広々とした感じが、日常という舞台で気持ちよく生きている。作者の目の優しさ、愛情のようなものも。

牧水も悩みし歯痛に歌いたしせめて豆腐の柔き事など  茉莉

歯の痛みは気力を奪う。負け惜しみというより、その逆境のなかで如何にいい歌を詠へるかを懸命に模索する主体の辛さが響いてくる。「歌いたし」でなく実際に歌ったらどうだろうか。

(蔦きうい 記)
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by kaban-west | 2014-07-05 22:56 | 歌会報告
2014年 06月 08日

奈良吟行歌会記

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かばん関西歌会 奈良吟行歌会記

【参加者】雨宮司、新井蜜(かばん/塔)、有岡真里(飛聲/購読)、有田里絵、黒路よしひろ(ゲスト)、佐藤元紀、十谷あとり(日月)、蔦きうい(玲瓏)、とみいえひろこ、福島直広の十名。東京から来られた佐藤さんと新井は初参加。

六月一日(日)奈良県文化会館にて。午前中は猿沢池、興福寺、春日大社参道、新公会堂、東大寺二月堂、東大寺南大門のルートで散策し、歌を詠んだ。当日、奈良は34℃と、とても暑かった。なお、個別にデートを楽しんだ組もあった模様である。
総合幹事を有田さん、詠草清記、投票取りまとめを十谷さん、吟行の案内、歌会の司会を蔦さんにして頂き、つつがなく進行した。
歌会での一部の歌をご紹介します。

二月堂さみどりつよくシャツの人すれちがいざまボタンをはずす  有田里絵

当日の暑い様子がよく表されている。「すれちがいざま」が効いている。なお、「さみどり」と「つよく」が合わないのではないかとの疑問に対し、若葉の生命力の強いことを表現したのだろうとの反論があった。

人待ちのilly【イリー】コーヒー顔を上げるたびに誰かがさよならをして  とみいえひろこ

雰囲気がよく表されている。なお第三句以降をこの場の情景と読まず、この世界ではいつも誰かがさよならをしているという読みも魅力的である。第三句の6音に賛否両論があった。

ほととぎすさつきみなづきぎらぎらの緑がおまへの眸にこもる  佐藤元紀

季節感がよく表現されている。「こもる」という言葉がうまい。「ほととぎす」=「おまへ」かどうかに両論があった。なお、作者から、上句は<ほととぎす五月水無月わきかねてやすらふ声ぞ空にきこゆる(国信)>からいただいて序詞としたものとの解説があった。

縣だとかむつかしい字は分からぬがいろは屋下のポストは赤い  福島直広

町歩きをして色々なものに目を止めている楽しい気分がうかがえる。「縣」という旧字体と「いろは屋」、「赤いポスト」の取り合わせが良い。

悟りなどそうそうあってたまるかと僧を横目に会場へ急ぐ  雨宮司

気が急いているときには「悟りなど…」という気持ちになりやすいものである。吟行の歌という前提がないと「会場」が何を意味するか理解できないのではないか。「そうそう」と「僧」の音が響き合う。

天と地と二本の線にはさまれて奈良絵かわいし赤膚の碗  黒路よしひろ

赤膚焼きの器で天と地を示す二本の線が引かれ、地の線の上にかわいい奈良絵が描かれているものがよく知られている。二本の線を実際の天と地と読むと雄大な景が見えてくる。なお、「かわいし」は疑問。

やがて来る初めての夜、枝越しに若き牝鹿は様子うかがふ  新井蜜

吟行の後の懇親会を「初めての夜」とした挨拶歌だろうという解釈もあった。「様子うかがふ」という擬人的表現でなく、牝鹿そのものの直接的描写をした方が良いという指摘があった。

袖山の折り目さやけき夏服に駅員は鋭く笛を吹きたり  十谷あとり

「折り目さやけき夏服」、「鋭く笛を吹きたり」から、爽やかな季節感やきびきびした駅員の様子がうかがえると好評。

京終【きょうばて】という星へゆくバスを待つ紅いサガンの文庫かたてに  蔦きうい

10人のなかで8票という最高得票を集めた歌。「京終」という地名が効いている。京終ー星ーバスー紅いサガンという言葉の組み合わせもとても良い。なお、吟行の歌としてこれでいいのか?という疑問が出された。

歌会の後、駅の近くの店で懇親会を行った。場所も料理もとても良かった。幹事の有田さん、宴会を取り仕切って下さった有岡さん、感動するお話を聞かせてくださった福島さんを始め皆様に感謝致します。
(新井蜜 記)


追記(6/10):
黒路さんの私的な歌会報告もweb上にアップされています。
合わせてご覧ください。(外部サイトになります)
→蔦班吟行私記
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by kaban-west | 2014-06-08 21:49 | 歌会報告
2014年 06月 05日

5月歌会報告

かばん関西定例、ML歌会の報告記。
今回のお題は「魚」です。
ノリノリの鰹節から仏足石の双魚まで、かばん関西らしいさまざまな「魚」の歌をお楽しみください。

参加者は下記のとおりです。〈参加者〉17名
雨宮司、新井蜜(かばん/塔)、有岡真里(飛聲/購読)、有田里絵、ガク(ゲスト)、紀水章生(中部短歌会/塔)、黒路よしひろ(ゲスト)、佐藤元紀、十谷あとり(日月)、せがわあき(ゲスト・詠草のみ)、蔦きうい(玲瓏)、とみいえひろこ、福島直広、ふらみらり、兵站戦線(かばん/塔)、茉莉(ゲスト)、三澤達世
※所属記載の無い方は「かばん」正会員。


■ おはなはんノリノリの熱いステージ弾けるソース舞う鰹節 福島直広
「おはなはん」は関西風の簡単お好み焼セットのこと。
熱い鉄板を熱気に満ちたステージに見立てた点が上手い、具材を擬音に掛けたりロック調に擬人化した詠い口が面白いなどの好評価があった反面、リズムの乱れへの指摘や助詞などを一音分補って読みたいとの意見も。
NHKのテレビ小説の主人公おはなはんをも連想させてくれて、そのギャップも面白い一首に仕上がっているように思う。


■ 漁港のある町のさみしい一章を読み終え席に着けば五月雨 とみいえひろこ
小説の一章を読み終えてのちの喫茶店での静かな時間が読み手の想像を広げてくれる一首。
「さみしい一章」がそのまま読み手の中で主体の心象と重なり、五月雨の寂しげな雰囲気とも相まって高評価に繋がったようだ。
いっぽうで情報量の多さが歌を複雑にしてしまっているとの指摘や、読み終えたのちに席に着くという動作の解釈に迷う意見も少なからずあり、雰囲気で押し切るのみならず細部を詰めることの大切さが課題として残ったように感じた。


■ 悩みなど無き顔【かんばせ】よ虎河豚の顎は割合しっかりしており 茉莉
虎河豚の顎という目のつけどころが秀逸で、あのふてぶてしく見える表情が眼前に浮かんでくる様な一首だ。
かんばせ、という読みには新鮮さを感じるとする意見があった一方、他の言葉の日常的感覚から目立って浮いている、ものものしすぎる、などの意見もあり評価が分かれた。
また、虎河豚の顎は割合どころか不用意に指を持っていくと噛み切られてしまうとの意見も多く、感覚と経験による知識の差異が歌の世界に与える影響についても考えさせられた。


■ 子のいない僕の頭上に鯉のぼり泳げよ向かい風の世界で 黒路よしひろ
向かい風の世界に送り出して手元を離れてしまった子を思っているとの読みや、鯉幟のお腹の空洞をこどもにも何にもしばられない自由の風が吹き抜けてゆくと読む者など、読み手の立場や性別の違いなどによって様々な解釈が広がり結果的には高評価につながる歌となった。
反面、世間の逆風のような一般的概念と重ねあわせることの喩としての安易さを指摘する意見もあり、その意味で詠んだ作者としてはまだまだ精進が必要なようだ。


■ 五本目のモンラシェを抜く夏空をゆたにたゆたにゆく鯨雲 佐藤元紀
「モンラシェ」はフランス産の白ワインの銘柄の一つ。
真昼に五本も栓を抜くとはただ事ではないが、単なる昼酒礼賛ではなく豊かな時間、のんびりした気持ちが感じられるとの評価で多くの得票につながった。
「ゆたにたゆたに」のオノマトペは鯨雲とワインに酔った感覚の両方を示していて上手いとする意見やリズムと音ののびやかさを評価する意見が多かったが、いっぽうでわかりにくさや読みにくさへの指摘も。また、鯨は魚でないとのもっともな指摘もあった。


■ 宿縁の白き鯨よ聖域の「時」に喰はれて縦【よ】しと為【す】るのか 兵站戦線
この歌もまた魚でなく鯨を詠ったものだが、あるいは魚偏をお題の魚と解釈してのものか。
ハーマン・メルヴィルの長編小説「白鯨」を連想した者が多かったが、日本の調査捕鯨の禁止などの時事に結びつけて読む意見のほか、決着をつけることのできない鯨と人間双方に寿命という時の捕食者が迫っている様子が詠われているのでは、との読みもあった。
下の句に関しては漢字に凝った割に効果が出ていないなど、表現に乗り切れないとの意見も。


■ わたつみの底つ岩根にへばりつく鮟鱇のごと闇と語りぬ ガク
孤独の暗闇の中で闇と語り合う自身の姿を、海底の鮟鱇(あんこう)にたとえた比喩の暗さが魅力的な一首。
「へばりつく」という言葉の的確さへの評価、時間の流れや奥行きがしみてくるとの感想もあり、闇と語り合う鮟鱇に読み手も自身の姿をも重ね合わせるなどおおむね好評な比喩となったようだ。いっぽうで、直喩を暗喩に替えるとより深みが出るのではとの意見や、真の闇に日常でであうことはまずないとの体験談から結句に馴染めないとする意見もあった。


■ 太陽の温みを残す仏足石の双魚と足の裏を合わせる 三澤達世
この歌の仏足石は蕨市の三学院のものらしいが、日本では他にも一部のお寺で仏足石に足を合わせると健康や交通安全にご利益があるらしい。
「太陽の温みを残す」という表現が読み手の足の裏にもあたたかい感触を与えてくれて、リアリティや臨場感を伝えてくれる歌に仕上がっている。
いわゆる中七の歌だが歯切れのよい音のために調べが大きく崩れずに済んでいるとの意見があった一方で、後半のリズムがすんなり流れていないと惜しむ声も。


■ 逃げ水を音も立てずに跳ねていく魚の鱗を失くしてしまう 雨宮司
「逃げ水」は蜃気楼のこと。何か大切なものを失った心象風景だろうか。
蜃気楼の中を跳ねていく魚とは不思議な光景だが、おそらくは魚も鱗もみな幻なのだろう。
その幻想的な表現とアイテムの取り合わせの美しさで高得票に繋がった一首だ。
いっぽうで「音も立てずに」の「も」が無理に劇性を喚起させようとしているような気がするとの指摘や、感覚に惹かれながらも実感がいまひとつついてこないとの意見もあった。


■ にじいろのうろこで君を釣れるなら次は魚に生まれてもいい 有田里絵
童話「にじいろのさかな」をモチーフにした一首だろうか。
南洋の色鮮やかな魚を連想させてくれる美しいイメージの歌に仕上がっているが、この鱗は実際の魚の鱗でなくあるいは「にじいろのうろこ」を人としての魅力に譬えた意味との解釈も。
魚が人を釣る(特定の場所に呼び寄せる)という逆転の発想を評価する意見があった一方で、その矛盾にどうしても引っかかってしまうとの意見も多かった。
また、君を釣るには「にじいろのうろこ」が必要だと信じている主体に、ありのままの自分をさらけだして「横にいる」感覚のほうが大切だとのアドバイスもあった。


■ うを あくた ふね まなかひにたどりつつ川はいつでも仰向いてゐる 十谷あとり
ひらがな書きや、間隔の空けかたなど前衛的な上の句と、川を擬人化した下の句との取り合わせが効果的に働いて高得票を得た一首。
川の主=神の視点で詠まれたスケールの大きな歌との読みがあった一方で、主体を男性、「川」を女性ととった性愛の歌との読みも少なからずあった。
また、川辺に棲む身にはこの歌は直に響いてくるとの感想もあり、川という存在が人間の内面をも映し出す鏡の役割を果たしていることをあらためて感じさせてくれる一首となった。


■ お覚悟を今宵紅さし攻め入ります麦酒と鱧のおとしをもちて 有岡真里
読み手に壇蜜や藤あや子を連想させた積極性が魅力の艶歌。
「鱧のおとし」とは湯引きのことらしい。
粋でいなせな女性の大胆な行動や一語一語の緊迫感を評価する意見が多かった一方で、「お覚悟を」「入ります」が濃厚すぎて歌としては逆に格を落としてしまったかも知れないとの意見も。全体としては初句からの楽しげな雰囲気を好意的に受け入れた票が多く集まった一首だ。


■ 白魚のあなたのゆびがからみつく生まれるまへのわたしの首に 新井蜜
魚としての前世を想像しての一首だろうか。
前世からの二人の結びつきを感じるとの読みがあった一方で、くびにゆびがからみつくという表現から殺められそうな恐ろしさを感じる参加者も多く、安珍清姫を連想する者もいた。
また、白魚を精子、わたしを卵子として読み、卵管で出逢ったふたりがやがてほんとうのわたしになるときのせつない思い出を歌にして残したのだとの想像を広げる者もいて、固定したイメージを与えないからこその歌の広がりを見せてくれる一首となった。


■ 鮮血の噴き出す傷口手でおさえここも私の一部であったと ふらみらり
一見、お題がないようにも思えるが、おそらくは魚をさばいているときに自身の指を切ってしまったとの場面であろうか。
その上で、「鮮」に「魚」が入っているというのも狙ってのことか。
いっぽうで自傷(リストカット)の意味ととらえる参加者も多く、怪我をすることで身体の一部に対する認識がクローズアップされる感覚を主題としているとの読みもあり、さまざまな解釈が出来る歌を前にしたときに読み手の中の隠された心理が表面化する面白さも感じさせてくれた。


■ 沈黙にとらへられたる魚はいま冷えたからだを重ねて沈む 紀水章生
漁獲直後に氷水に入れられた魚だろうか。仮死状態を「沈黙にとらへられたる」とした表現が秀逸で安定感のある表現力を評価する者も多かった。
反面、「沈」の重なりが瑕疵になっている、ひとつひとつの言葉のイメージが着きすぎているとの意見も。
また、この魚は身体を重ね合う男女の比喩であり作者自身を魚に譬えているのでは、との読みもいくつかあり、性愛と殺して食べることへの相反する気持ちが詠われていると読む参加者もいた。


■ みずいろのまぶたの義姉がこのむのは性交のあと鮃煮る朝 蔦きうい
今月のエロス歌担当、蔦氏の力作。
三十一文字だけの世界に無制限に物語りが出来てしまう短歌の魅力を再発見させてくれる一首となった。
。暮らしの中のエロス、エロスの中の暮らし。そんな直接的な表現で読み手を楽しませてくれるお手並みが見事だ。
いっぽうで「性交のあと鮃煮る」などのあからさまな作為への指摘もあったが、まあ、この歌はすべてが作意と知りつつ楽しむ類のものなのだろう。


引き続き、自由詠からも一首紹介しておきます。
[自由詠の部]

■ ちょっと待てやめとけなんて未来から私が来たことなど一度もない せがわあき
猫型ロボットの登場する某漫画を連想させてくれて、否定することで逆にありえない世界を想像させてくれる手法が面白い一首。
いっぽうでその時その時の自分を信じるだけという強い意思を読み取る者や、迷っている作者自身への応援歌としてのメッセージ性を強く感じた参加者もいた。
後悔そのものを吐露するのではなく、「未来の私」を援用した一歩引いたぼやきが楽しいとの意見もあり、作者の表現したかった思いはしっかりと読み手に伝わったのではないだろうか。


以上、かばん関西ML五月歌会記でした。
かばん関西では関西在住者にかかわらず、広く参加者を募集しています。
短歌仲間との交流の場を求める方、自身の歌を世に問いたい方などいらっしゃいましたら、ML担当係までお気軽にご連絡ください。
いま、かばん関西があつい!

(黒路よしひろ:記)
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by kaban-west | 2014-06-05 23:35 | 歌会報告