かばん関西歌会

kabanwest.exblog.jp
ブログトップ

<   2010年 04月 ( 2 )   > この月の画像一覧


2010年 04月 16日

4月オフライン歌会 中之島吟行 報告

かばん関西4月オフライン歌会 中之島吟行 報告

[参加者]雨宮司、有田里絵、瀬波麻人(購読)、十谷あとり(日月/玲瓏)

四月十一日(日)、かばん関西としては久し振りに、直接顔を合わせての歌会を行いました。午後一時、淀屋橋駅に集合、桜の花散る府立中之島図書館、中央公会堂周辺、中之島公園を散策・吟行、その後淡路町のボタン店事務所にて互選、意見交換を行いました。
吟行詠草は四人で四十首出詠されました。一部をご紹介します。

淀屋橋一号出口の待ち合わせかばんの人が『かばん』を持って  瀬波麻人

中央区今橋二丁目ふらふらとわたしを見つけてくれてありがと  瀬波麻人

花びらは川面に岸に舞い降りる未来へ向かう僕の前から  雨宮司

散り残り星座と化した桜ばな分厚い雲の下で輝く  雨宮司

川沿いの一階黒いモザイクの窓あけはなつ関西棋院  有田里絵

中之島一枚脱いで歩くとき銅像の裸体うらやましかり  有田里絵

散りやまぬ桜の下にポスターの頬あかき少女横顔を見す  十谷あとり

ひとを思ひ目を閉づるときまなうらを音なくよぎる花片はあり  十谷あとり

当日、雨の予報にもかかわらず、上着もいらないくらいのあたたかさに恵まれ、和やかで充実した時間を過ごすことができました。瀬波さんはオフライン歌会初参加、吟行も初めてとのことでしたが、堂々とした歌を出詠して下さいました。これからも定期的に、互いに刺激しあえる場を持っていきたいと存じます。どなたさまもウェルカムですので、お近くの方はぜひどうぞご参加下さい。(十谷あとり 記)
[PR]

by kaban-west | 2010-04-16 09:51 | 歌会報告
2010年 04月 05日

3月歌会報告

かばん関西三月歌会記

【参加者雨宮司、あまねそう、有田里絵、岩本久美(購読/選歌のみ)、十谷あとり(日月/玲瓏)、三澤達世、山下りん(ゲスト)

年度末のお忙しい時期、兼題十二首、自由詠十首をお寄せいただきました。
今回の兼題は「男」、「女」。冬季五輪を見ながら、人間はどちらかに属しているんだなあ、としみじみ思われたという有田さんからのご出題でした。

まずは、兼題から。

来世など信じるつもりないけれど選べるのならまた男役 有田里絵

男ではなく、男役をもってきた切り口が見事です。男役というくらいだから男ではないのだろうか、女性として生まれても男性の美質を生活に取り込むことはできる等、「男役」の一言によって個々の読みにも幅が広がりました。上句なしで、宣言したほうが、面白い歌になるかも、という意見も。

たてよこに挟まれた乳。この厚さ、ほぼ「うすあわせ(中村屋菓子)」 三澤達世

男性には実感が伝わりにくいかもしれない、マンモグラフィ検診の歌。乳房をきりきりと一・五センチくらいになるまで挟まれて、かなり痛いのですが、同時にどこか滑稽な感じもします。記号に少々頼りすぎなきらいも。

素晴らしい意見だけれど君の服洗うわたしもおんなのひとり 三澤達世

「大きなことを述べられても現実の生活を回してるのは女の私よっ、て感じが小気味いい」という女性側の意見、「理論倒れは少々辛い」と男性側の意見。この歌自体、ちょっと理屈っぽいかもしれません。

男でも女でもいいただ無事に生まれておいで産科の明かり 有田里絵

ストレートに心に落ちてくる歌。母そして子に対するいたわり、愛情。無事に生まれることだけをまず願う気持ち。「産科の明かり」の描写も効いています。初句がやや常套句的かも、という意見もありました。

笑顔だけ幼きままを閉じ込めて母を越えてく25センチ 山下りん

息子さんの運動会の足元の写真でしょうか。25センチは、靴の大きさ。そこをリアルと感じた女性票が集まりました。成長期の子供の幼さを残した笑顔と、ずんずん大きくなる手足。成長をよろこぶ気持ちと、さみしい気持ち、どちらもありますね。

「愛!LOVE」の書きかけの歌詞を見られてから妹は僕と目を合わせない あまねそう

気まずさ、気恥ずかしさに共感が集まりました。思春期の性別の違う兄妹の、微妙な距離感がよく現れています。歌詞は完成したのだろうか、自分もやっぱり見られたくない、ニヤニヤしてしまう等、我が身に引きつけて読まれていました。

曇天のカーブミラーに歪みつつあねもね少女【ルビ:をとめ】早足に過ぐ 十谷あとり

絵になる一瞬を切り取った歌です。曇天、カーブ、ミラーに映る歪んだ姿、無垢な少女が大人に変わっていく境目をあらわしているようです。アネモネの花言葉は「はかない恋」だそうです。

続いて自由詠です。

塾生に「死ね」と書かれたお返しに「いずれは死ぬ」と書きこんでおく 雨宮司

ユーモアで返すのがエラい!『生協の白石さん』を彷彿とさせられる、ひとつ上ゆく余裕を伺わせる返しに、生徒はどう感じたのでしょう。

滅びよ、と春の芽吹きにささやいた暗き樹海の熔岩に立ち 雨宮司

暗い心の中、春の生命力に対する負の気持ちなのでしょうか。前の歌に続く、死を思わせるモチーフに、作者自身を心配する声も。ファンタジー小説の一幕のようでもあり、樹海の片隅で芽吹く陰謀。

若さとはアコムのティッシュもらえずに疎外されたと思える心 あまねそう

若さゆえの自意識過剰。単純なようですが、実感があり、共感できる歌。「思える」は、可能の表現にしているからより共感を呼び、若さに対する温かい眼差しのようでもあります。

保育園の桃色組は稚魚のごと放たれてゆく足音に春 山下りん

桃色と春、色彩がきれいで、情景が目に浮かぶようです。桃色の帽子をかぶってぱーっと散っていく子どもたち。「稚魚のごと」で子らの動きが見えるよう、結句も楽しいです。

墓なりしこと忘れたる石の上に楓の翼果あまた休らふ 十谷あとり

墓であることを忘れるほどに形が崩れているのに、誰かが眠る場所として知るかの如く楓の翼果が落ちている。それはまるで休んでいる、眠る人を癒すようでもあります。それとも、翼果は次の風が吹くまで休らっているのでしょうか。作者の視点が、優しく沁みてきます。

     (三澤達世 記)
[PR]

by kaban-west | 2010-04-05 19:43 | 歌会報告