かばん関西歌会

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2012年 12月 01日

11月オフライン歌会 神農さん吟行報告

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かばん関西オフライン歌会 神農さん吟行報告

[参加者]雨宮司 有田里絵 黒路よしひろ(ゲスト) 十谷あとり(日月) 蔦きうい(玲瓏) 福島直広

十一月二十三日(祝)、かばん関西のオフライン歌会を行いました。今回は「神農さん吟行」と題し、大阪市中央区道修町にある少彦名神社の例大祭「神農祭」に参拝、縁日を散策し、その後徒歩五分のボタン店事務所にて吟行詠の歌会を行いました。
道修町【どしょうまち】は、豊臣時代から薬種商が多く集まり、今も製薬会社のビルが建ち並ぶ「薬の町」として知られています。少彦名神社は、日本医薬の祖神=少彦名命と、中国医薬の祖神=神農炎帝を祀る「薬の神様」です。
当日は雨との天気予報でしたが、黒路さん・蔦さんの晴れ男パワーで、傘なしの散策を楽しむことができました。
吟行詠の一部をご紹介いたします。

・ともがらの姿は見えず縁日のフランクフルト頬張りて待つ  黒路よしひろ

・めあごんり呪文唱えてなめてみる昨日のことも溶けてほしいな  有田里絵

・つぶし芋を握り揚げたるほこほこを東京コロッケといふなり うまし  十谷あとり

・整然と並べられてる網の上サザエツボ焼き2ケで千円  福島直広

・少年が狙いすまして銃を撃つ大衆射撃プロかよおまえ  黒路よしひろ

・大林の足場の下のかすていら甘いにおいは明日はもうない  福島直広

〈当日、現地で参加者の胃袋におさまったもの(順不同)=フランクフルト、たこ焼き、唐揚げ、神戸牛串焼き、東京コロッケ、はし巻き、ゼー六アイス、明太子おかき、ゆず茶、骨付き焼肉〉

少彦名神社の参道には薬の歴史の解説があり、市販薬のパッケージが展示されていました。

・細長いビルの谷間を北へ行く少彦名【すくなひこな】が祀られている  雨宮司

・子ども用チュアブル薬の青い箱キティちゃんでも風邪を引くのだ  有田里絵

本殿では神楽が奉納されており、縁起物の神虎(張り子の虎を提げた笹)やお守りが売られていました。どの巫女さんが一番可愛いかをぬかりなくチェックする参加者も。

・笹いかが若い声がしありがとうございましたと鈴の音【ね】がする  雨宮司

・猿ぐつわかませ誘拐あの巫女を土蔵にかこい奴隷になりたい  蔦きうい

今後の関西歌会運営について、また、かばん30周年記念イベントについての話し合いも行いました。

次回のオフライン歌会は二〇一三年二月頃を予定しております。どなたでもご参加いただけますのでお気軽にお問い合せ下さい。(十谷あとり 記)
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by kaban-west | 2012-12-01 19:54 | 歌会報告
2012年 12月 01日

11月歌会報告

■2012年11月かばん関西オンライン歌会記■

☆参加者・雨宮司・有田里絵・ガク(ゲスト)・川村有史・紀水章生(中部短歌会/塔)・久真八志・黒路よしひろ(ゲスト)・塩谷風月(レ・パピエ・シアンⅡ)・十谷あとり(日月・選歌のみ)・蔦きうい(玲瓏)・冨家弘子(ゲスト)・内記・那由多(選歌のみ)・福島直広・ふらみらり・ブルー(購読・選歌のみ)・文屋亮(玲瓏)・三澤達世・ゆるら(塔)

兼題のテーマは「声」。出詠者16名、選歌コメントにさらに3名の方が参加してくださる大盛況の歌会となりました。
休日返上で膨大な数のコメントの収集、配信してくださった歌会係の雨宮さま、ご苦労様でした。
以下に、兼題・自由詠それぞれの高得点歌を中心に紹介してみたいと思います。

〈テーマ詠の部・兼題「声」〉

□ 声は雨声はせせらぎ声は波とがりし耳を湿らせてゆく  ゆるら

水を連想させるもので徹底して修飾された統一感が魅力的な一首。
「とがりし耳」は、鹿やうさぎなどの動物の耳とする意見と、人間の耳の状態を表現しているとの意見に読みが大きく二つに分かれた。
雨もせせらぎも波の音も大自然の発する声として獣達の耳にはっきりとその意味を伝えて聞こえているのかも知れない(動物派)。
「とがりし耳」はなんらかの理由でナーバスになっていたのでとがっていた聴覚が、君の声に、湿る、そしてゆるんでいく(人の耳派)など。
また、動物の耳のように耳たぶがとがっている印象と聴覚が鋭敏になっている印象が同時に想起されて面白いとの意見もあった。

□ 薄墨の雲の絶え間の月影につぶやいてみるキミニアイタイ  ガク

「キミニアイタイ」のカタカナ表記が、前半の古風な表現と対照的に表現されている素敵な恋歌。
どうしようもない夜に自分もつぶやくことがある、との共感の意見があった反面、どうしても恋愛ものにつきまとう既視感を感じるとの指摘もあった。
結句については素直すぎてやや唐突、異化効果の必然性に乏しいとの指摘もあったが、無機質なカタカナ表記が逆に「君に逢いたい」と瞬時に変換されるような印象を受けた、などの好意的な意見も寄せられた。

□ 喋りたればお前は人間になつてしまふひかりの声をあやつる吾子よ  文屋亮

「ひかりの声」とは喃語のことであろうか。もしくは子がお腹の中にて発する声なのかも知れない。
純粋無垢な存在からだんだんと人間らしくなっていき、やがては純粋無垢な存在ではいられなくなってしまう人間という生き物の本質を突いたようなこの歌にも、ファンタジックでその存在に畏怖すら感じるとなどの多くの感想が寄せられた。
説明的に偏っていて歌としてはどうなのかとの厳しい指摘や、初句の字余りのもたつきが気になるなどの意見もあったが、わが子の成長を望みながらも無垢のままであってほしいという親の願いの狭間がうまく詠われている、などの共感の評が多く集まった。

□ ともだちのゐない土曜日もずのこゑ聴きつゝ青木れいかをゑがく  蔦きうい

「青木れいか」はアニメ<スマイルプリキュア!>の登場人物とのこと。
友達が不在だった日のわが子の自宅での姿を詠った一首だろうか。
もずの声という現実世界と青木れいかというアニメキャラが違和感なく一首の中に共存している驚きへの高い評価などがあった反面、ギャップは面白いが感性の古臭い人間にはちょっと辛いとの意見も。
他にも、文字が記号のように見える不思議な空気感ゆえかギリギリで現実感を保っている、萌え系には旧かなが似合う、などの面白い意見も寄せられた。

□ 声変わりしただけですかどことなく君を遠くに感じる九月  黒路よしひろ

夏休み明けの声変わりした相手との距離の違和感を詠った一首。
作中主体と声変わりした君との関係を、同姓の友人、異性の同級生、片思いの相手、母親が息子を見ている、など、どの立場でも共感出来る内容だったためか作者の予想外に高い評価を頂いた。
九月については時を表す言葉でまとめると類型的に見えてしまうとの指摘があったが、夏休み明けのひさしぶりの再開や夏から秋への境目の季節なので声の移ろいと重なり「変わっていく君」をあらわすのにピッタリ、下の句のK音の繰り返すリズムが気持ちいい、などの好意的な受けとめも多かった。

□ 間違えて架けた電話に記憶よりわずかに高い声が流れる  三澤達世

通常、間違い電話と言えば正しいと思って掛けた電話番号が全くの他人に繋がってしまうことを指すと思うのだが、電話番号を登録してしまえる携帯電話の普及で意味がすこしずつ変化して来ているようだ。
そんな現在を反映してかこの歌の読みにも、昔の恋人の電話番号やもう長くやりとりが途絶えてしまっている相手が想像される、などの意識していなかった過去と現在の隔たりを感じる意見が多かった。
「架けた」という字を選んだことに対する読みにも意見が分かれたが、全体として時の流れの感じられる切なさに対する共感の意見が多かったように思う。なによりも、間違いという人生の中での失敗が歌の世界では成功に繋がる面白さが読んでいて気持ちいい。

□ ( 彼 はも う  許して  い ます )4200000000kHzハイウェイ・ラジオ  川村有史

ハイウェイラジオは通常1620・1629kHzであり、4200000000kHzという周波数の番組は架空のものなのだが、そこから流れてくる許しの言葉が読むものをあたたかな気持ちにさせてくれる一首だ。
許してほしい人がいる私にとってこの周波数はとても魅力的だ、時空を越えたところから聞こえてくるかもしれないと思いたくなるそんな楽しい歌だ、など、好意的な意見が多く集まったが逆に既視感を指摘する厳しい意見も。
また、一見突飛な表記でありながら「四十二億キロヘルツ」とちゃんと定型におさまっていることへの評価もあり、結句の「ハイウエイ・ラジオ」はすでに彼の気持ちすら置き去りにして疾駆する車のスピード感を表現してすばらしい余韻を残しているなどの感想もあった。

□ 一日を司会に徹しコンビニへ私の話きいてください  有田里絵

段取りもセリフも決まっている司会者としての一日を終え、ようやく自分の言葉で話ができるようになった作者のやるせなさが心に染み込んでくるような歌だ。上の句の表現が直接的だがそこに周りに配慮して司会にまわってしまう「私」の実直さが表れていて面白い、など、作中主体の寂しさに対する愛情のある感想が多く寄せられた。
「コンビニへ」という部分が仕事後にコンビニに向かっただけの事実を表現しているのか、コンビニの店員に話を聞いてもらおうとしたのかがはっきりしないことへの指摘などもあったが、言いようのないやるせなさと孤独を感じている作中主体にねぎらいと慰めの言葉が多く寄せられた。

□ 「せーの」「ウエーイ」「せぇ えのっ」「ホェエーイ」金属管にケーブル通す  福島直広

どこかの作業現場を詠んだ歌だろうか。ひらがな・カタカナの表記がユーモラスだ。
上の句の掛け声に平凡さの域を出ない表現の甘さを感じてしまうとの厳しい指摘もあったが、逆に、繰り返され少しずつ変化する掛け声が臨場感がありなんだか暢気な感じも醸し出していて面白いなど、好意的な評も多く集まった一首。
「ドキュメンタリー短歌」という部類があれば間違いなく代表作と呼ばれる歌ではないだろうか。

□ みっしりと形を成さぬ声重い通勤電車の蝋人形達  ふらみらり

通勤電車の人々の息苦しい様子を蝋人形に例えた感性が素敵な一首。
「みっしりと」「重い」は表現が重複してしまっていて限られた音数の中でもっと豊かな表現をするチャンスを逸しているのでは、との意見や、「形を成さぬ」と「蝋人形」など比喩が複数あるためにイメージがまとまりを欠いてしまっているなどの指摘が寄せられたが、独特の重苦しい空気と誰もが声を発することすら許されないような沈んだ空気を上手く表現されているとの共感も多かった。
「重い」は「重く」のほうがよいのではとの意見や、蝋人形を出さずにどんな声なのかのところに的を絞ってもいいのかもとの指摘もあった。

□ 囁かれた言葉は消えて耳元に残る吐息と肌の温もり  塩谷風月

性愛の息づかいが聞こえてくる艶っぽく、またストレートな一首。
そののちの余韻の充足感、若しくは残像だけ残る空虚感、読み手によってどちらともとれる内容にさまざまなコメントが寄せられた。
妙に調べがよくこれはちょっと通俗に過ぎて鳥肌が立ちそうだとの意見や、逆に上質のエロスとの解釈で雲散霧消してしまうピロートークに少しせつなさを感じてしまうとの好意的な評も。
「声」のお題のなかで、この歌は「言葉」を消すことにより生命感を読み手に受け渡しに来る巧みさがあるとした読みもあり、耳元に残る吐息と肌の温もりのように読み手の心に残る一首となったようだ。


〈自由詠の部〉
次に、自由詠に寄せられた歌も紹介してみたいと思います。

□ あどけない記憶の爪を立てていた朝の砂丘の湿った肌に  内記

作中主体の心のやりどなさのようなものがありきたりでない具体によってうまく表現されているなど、幼き記憶と湿った空気や砂丘の荒涼とした風景の織り成す雰囲気を評価するコメントが寄せられた。
下句の比喩が繊細なイメージをもたらしておりそこに爪を立てる「私」の痛みが表現されているとの意見があった一方、「記憶の爪」と「朝の砂丘の」という二つの比喩が同居しておりイメージが一つに統合されない感じがするとの指摘も。
下の句は、肌のような砂丘か、砂丘のような肌か、で意見が分かれエロス短歌との読みも多かったが、実際には作者が幼いころに住んでいた鳥取の朝の砂丘の湿った砂を表現した歌だったようだ。

□ 途中から声は涙に変化してもう言はないよもう止めとくよ  紀水章生

 「もう言はない」のではなく言えなくなってしまったのは、別れの言葉だろうか。
堪えきれずに涙が流れ出す瞬間を、見事な表現で詠った感性が素敵な一首だ。
連作の中の一首であれば活きるかも知れないが単独では歌として成立しない気がするとの厳しい指摘もあったが、作中主体の優しさが窺われるなど、あえて言語化していない自分の中の何かと響きあうような気がするとの好意的な評も多く寄せられた。

□ こんな夜はひとり抜け出し砂場まで置き去りの景色、波の跡  冨家弘子

置き去りの景色とは過去の記憶の中の風景だろうか。
夜の砂場と波跡が残る海岸が呼応していて、静かなさみしさの広がる一首だ。
「こんな夜」が作者にとってどんな夜なのか、近づけない、との意見もあったが、反面、青春の瞬発力を感じ「波の跡」がベタなようでベタでなく良い、などの好意的な評も多かった。若い頃には有り余る体力や理想と現実とのギャップのもどかしさに眠れぬ夜がよくあるものだが、そんな誰もが共感できる記憶を呼び覚まさせてくれる魅力を持った一首となったようだ。

□ ジュラルミンケース欲しかったうさぎ死なないのがよかったまた背が伸びた  久真八志

一度見たらもう一度振り向いてしまうような威力を持つ、不思議な魅力を持った一首だ。
破調だが結句は七音で収まっていて、結句で落ち着かせているのも気持ちがよい。
歌意を把握出来ないとの意見が多く、自分で正体を把握しきれていない歌を採るわけにはいかないとのもっともな意見もあったが、反面、拙い子どもの文体で、背伸びしようとする男の子のぎごちない視線を描いた傑作との高い評価も得た。

□ 錦秋の山の宿にて夜明け前庭に散り敷く霜落葉踏む  雨宮司

冴えわたる空気に落ち葉を踏む乾いた音がにじむような、静かな魅力に満ちた一首。
「錦秋」や「霜落葉」という熟語には、四角い漢字の配列が晩秋の凛とした空気感を醸し出していてとても気持ちのいい、歌に彩りを添えてくれて上手く活きている、などの好意的な意見があった反面、既成の言葉ばかりが並んで「作者」が見えないとの厳しい指摘もあって意見が分かれた。
とはいえ「錦秋の山の宿」に自分も泊まってみたいとする感想も多く、歌人の旅情を誘う歌となったようだ。

以上、かばん関西11月のオンライン歌会報告でした。
今回は、久真八志さま、ふらみらりさま、ブルーさまの三名さまが新たに参加してくださいました。
かばん関西では関西在住にかかわらず多くのみなさまのご参加をお待ちしております。

(黒路よしひろ:記)
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by kaban-west | 2012-12-01 19:51 | 歌会報告