かばん関西歌会

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2013年 08月 06日

7月歌会報告

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かばん関西7月オンライン歌会記

<参加者>
雨宮司、有田里絵、ガク(ゲスト)、川村有史、紀水章生(中部短歌会/塔)、黒路よしひろ(ゲスト)、サカイミチカ、佐藤元紀、十谷あとり(日月)、鈴木牛後、蔦きうい(玲瓏)、冨家弘子、福島直広、ふらみらり、文屋亮(玲瓏)、兵站戦線、三澤達世

今月もかばん関西は絶好調。十七人の参加で熱気むんむん、コメント量も過去最高の原稿用紙百四十六枚分となりました。ではまず兼題「花火」からご紹介しましょう。なお、ここで使用しました表現は大部分みなさまのコメントに依拠していることをお断りし、お礼申し上げます。

【女性像・男性像対決】
●たおやかに線香花火持つ君の透き通りたる意志を見ている  鈴木牛後
良くも悪くも「透き通りたる意志」に話題が沸騰しました。意志が透けて見えるのではなく、女性の姿そのものが澄み切った透明な意志なのだという意見が最も魅力的な解釈かなと思います。距離感も緊張感も伝わる、きっと結ばれないだろう、芯の通った女性像には蹴りをいれたくなるという感想も…。

●今朝もまた我が身の濡るる秋雨の有り盲目の花火職人  川村有史
難解との声が多かったのですが、「我」が秋雨に濡れながら朝の散歩をしていて、ふと通りかかった土蔵のなかを見ると、盲目の花火職人が黙々と作業に打ち込んでいるという情景ではないでしょうか。谷崎潤一郎のように色っぽいという指摘があったとおり、土俗的なエロスの美学と受け止めました。

●燃えさしの回転花火踏み躙り帰路に遁【ルビ:したが】ひゆく我が初老  佐藤元紀
「踏み躙る」のに「遁ひゆく」という「我」の矛盾した行動に視点が集まりました。「回転花火」を踏み躙るという行為には定められた寿命に逆らおうとする生への強い意志を感じるのですが、一方で無鉄砲さを失った寂しさのようなものが感じられてどこか郷愁を誘う作品に仕上がったようです。

【追憶対決】
●堤防とフライドチキンとサンダルは思い出せるの花火大会  ふらみらり
作者が思い出せないでいるものは何でしょうか?1.あなたの顔、2.どんな花火が上がっていたか、3.あなたに言われた別れの言葉…なんて、想像が広がる青春の歌。最も大切な部分を隠すことで、効果をあげている歌です。堤防とフライドチキンとサンダルという組み合わせもベストな選択でした。

●君でない人と眺めたあの夏の花火の記憶ふとよみがえる  黒路よしひろ
「蘇った記憶を口に出してはいけません」と強く忠告する発言が多い一方、「こういうことってあるなあ」と感慨にふけるかたも多数おみうけしました。後者のかた、どうぞ口をすべらさないでくださいね。「あの」「ふと」の使い方が安易だという意見も多かったのですが、私は「あの」も「ふと」も大好き。

●あの夏の花火追いかけハマに行くその事実さえあれば良かった  有田里絵
過ぎ去った夏の恋を花火の記憶ともに振りかえる郷愁。決して進行形ではない、想い出となり、色が擦れた花火をひきずりだして感傷にふけるのもまたおつなもの。恋はどんな場合でも素敵なものです。ただ、下句に心の弱さをうかがうか、心の切実さをうかがうかで、読み手の印象が異なるのでは…。

【色対決】
●雲底は赤や緑を映しこみああ島影に花火が上がる  文屋亮
雲底に赤や緑の色を映し込んで上がる花火を、島の情景も交えて素敵に表現している一首。直接は見えない位置なのでしょう。だからこそ幻想的であり、島影を叙情的なものにしています。こうした情緒のなかに「陰」「世間」「滅びの美学」を読んだ人も。「ああ」はみなさんに不人気でしたが、私は好き。

●「この色は酸化銅だね」飛び去ってしまおう重ね蝶々を連れ  サカイミチカ
解釈が真っ二つに分かれました。1.気障なこと言う野暮男とはとっとと別れてしまおう。2.重ね蝶々に結った女の子を連れ去ってしまおう。1は別れの歌、2は恋の歌となりますが、おそらく「酸化銅だね」に拒否感をもつ人は1を、おしゃれにとった人は2を採択したのではないでしょうか。私は2です。

【恋対決】
●しなだるるファミマの君のひだり掌に絡む輩をほろぼせ花火  蔦きうい
コンビニのお気に入りの店員さんが花火会場で彼氏とデートしているのを見かけたのでしょう。怨念のような呪文に抑圧された凶暴さがうかがえる反面、説明不足でわかりにくいという指摘も。何となく黒路さんぽいという評がありましたが、作者によれば図星とのことです(笑)。

●ハンドルを握るあなたは気づかない王冠ほどの音無き花火    三澤達世
遠い花火に気づく私、気づかないあなた。そこには二人の関係がいろいろと暗示されているようです。微妙な関係、思いやりと信頼と愛おしさ、花火は恋の隠喩、二人が同じものを見ていないという関係のズレも象徴、あなたとの気持ちのズレ、ふたりの距離感に世界を包む秘密のような不思議な魅力…。

●ゆふぐれの花火は白し触れもせず終らせた恋けむりながれて  冨家弘子
想い人の手に触れることさえ出来ずに終わらせるしかなかった恋が、手を伸ばしても届かない花火のようで白い煙となって消えてゆく様がなんとも切なげです。結句が甘いという評もありましたが、私は二句切れから一旦人事の挿入句をはさみ、情景の連用止めでフェイドアウトする構造が大好きです。

【別れ対決】
●何ごともなかつたやうに消えてゆく花火ふりむくことはもうない  紀水章生
花火の終わりの寂しさと、もう会うことのないであろう人との別れの情景が重なり合います。人生は花火と違いときにやり直しの効くものですが、「もう」からは、すでに何度かやり直しを試しみた過去が読みとれて、ストレートに見える内容の裏に意外に深い感情も含まれているのでしょう。

●ま昼間に花火打ち上げながめおり白い煙にサヨナラ込めて  ガク
決別したい何かのために「白い煙にサヨナラ込めて」自分で花火を上げたのでしょう。少し寂しい気もするという感想のいっぽうで、きっぱりした決断はフェイドアウトより優しいとの意見も。前の晩くらいにはサヨナラって決めていたのでしょう、その覚悟はやっぱり寂しいかも…。

【行事対決】
●曇天の早朝ドンと鳴る花火運動会は決行らしい  福島直弘
夜の花火を想像するひとが多いなか、運動会を持ってきたのはオリジナリティーを感じます。「決行らしい」という他人事のような表現が、良くも悪くも俎上にあがりました。いわく、運動会に冷めてる感じが好き、思い入れのない運動会やったんかという「どうでもええ感」、運動会に対する嫌悪…。

●ありったけの思いを載せて送ります精霊舟に はぜる爆竹  兵站戦線
一字空けた「はぜる爆竹」。この結句のはげしさと余韻が上句にまで反応して、「ありったけ」としか書けないくらいの思いのたけを感じさせます。祖先の霊をまつる精霊流しの光景が鮮やかに、そしてせつなく浮かび上がってくるようです。初句「ありったけ」に賛否両論の意見がありました。

●刺子縫いの半纏まとい水かぶりおもむろに手筒花火を掲ぐ  雨宮司
愛知県の手筒花火でしょうか。粋な花火職人の様子を活写して小気味が良いです。厚手の刺し子の半纏をたっぷり濡らして息と気持ちをととのえてから花火を掲げる緊張感。ただ、その緊張感が「おもむろに」という言葉で増幅されているのか、かえって緩んでしまうのか、議論の的となりました。

【番外編~自由詠より】
●(コウちゃんは花火がこわい)「コウちゃんって呼ぶんじゃねえぞ岩田耕治だ」 冨家弘子
「岩田耕治」は雨宮司さんの私物キャラということで話題沸騰。先月、黒路さんが雨宮さんそっくりの作風で岩田耕治を登場させて、歌会を騒然とさせました。今月の岩田耕治、雨宮さんのでも黒路さんの作風でもなく、いったい誰?ということで、見事当てたのは黒路さんでした。来月はどんな岩田耕治が飛び出すか、かばん関西へ覗きにきてみませんか。

【自由詠の高得点歌】
●手をつけてしまえば二度と戻せない光るおもちゃの絶縁シート  有田里絵
●ヤンキーとロケット花火の関係は今年も切れずひゅーんと鳴る夏  文屋亮
●特高がはびこるちまた舟宿で大佐の妻の満干を憂ふ  蔦きうい
●おまへだけをながめこし日々ふりさくる俺の頭の中の熊蝉  佐藤元紀

                           ≪記・蔦きうい≫
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by kaban-west | 2013-08-06 14:32 | 歌会報告