「ほっ」と。キャンペーン
2006年 07月 31日

7月歌会報告

*かばん関西歌会 二〇〇六年 七月三十日(日)*
於:大阪市立難波市民学習センター

【当日参加者】 雨宮司、有田里絵、十谷あとり(日月/玲瓏)、日向寺みづほ(購読)、鷲家正晃(ゲスト)、棉くみこ
※オンライン参加/笹井宏之(購読)、やや(ゲスト)、山下りん(ゲスト)

★題は、この季節にぴったりの「南国またはトロピカル」。
歌に読み込まなくてもOK。得票の多かったものをご紹介します

・日常に混ざるマンゴー、タピオカの類知らずに父逝きし夏  日向寺みづほ

・沖縄のおばあさんには太陽がいくつもいくつも入れられている  笹井宏之

・カメハメハ大王さまの砂浜に「もういいよ」って置いてきた嘘  やや

・とりあえずマンゴープリン食べてから考えたって間に合う話  有田里絵

・オウム一羽ブラウスに飼いおおらかに笑う人いて部屋の明るむ  棉くみこ 
一首目、初句の入り方がよい。題を生かしつつ、故人の真面目なお人柄を的確に伝えている。
二首目、「沖縄のおばあさん」が味わい深く表現されていて、豪傑笑いが聞こえてきてきそう。「おばあさん」を方言で表してもよかった。選をしなかった方はみなさん「入れられている」の受け身が気になるとのこと。
三首目、「カメハメハ大王さまの砂浜」と「置いてきた嘘」の組み合わせが絶妙で、さまざまなストーリーを組み立てられそうと一番の話題に。ただ、「もういいよ」の解釈が曖昧との指摘があった。
四首目、作者コメント「2分でできた、申し訳ありません」とあるが、そのスピード感が効果を生み、猛暑に一息つける歌に。
五首目、初句からブラウスの南国風の柄を想像した。下句がありきたりでもったいない。

終了直前、約一分の日向寺さんのサプライズ誕生会を開催(あとりさんのピアニカ伴奏付き)。ちょっとおもしろ関西歌会、みなさんもお気軽にいらしてください。(棉くみこ記)
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# by kaban-west | 2006-07-31 11:11 | 歌会報告
2006年 06月 30日

6月歌会報告

かばん関西2006年6月歌会 報告記

【参加者】雨宮司、有田里絵(司会進行)、笹井宏之(講読)、十谷あとり(玲瓏・日月)、日向寺みづほ(講読)、やや(ゲスト)、鷲家正晃(ゲスト)、棉くみこ

 6月の歌会はMLを利用したオンライン歌会を開きました。題詠はサッカーW杯にちなんだ兼題「足または脚」が19首、自由詠は14首の詠草が出揃い、選歌に苦戦した人も。最高得点は、題詠・自由詠共に5点でした。

■題詠「足または脚」より

(5点歌)
去年から積みっぱなしの三脚を思い出させてくれた夕立  有田里絵

こころにも手や足がありねむるまえしずかに屈伸運動をする  笹井宏之

 一首目、夕立で何かを思い出すのではなく、夕立が何かを思い出させてくれるという語句の転換がおもしろい。「夕立」がこの季節にぴったりの歌。二首目、柔軟で伸びやかなこころ、素直なこころを感じる。ひらがなの使い方が良い。「こころの屈伸運動」という捉え方も新鮮。
 他の注目歌も見てみましょう。行末の(数字)は獲得票です。

あかときの壁わたりゆくピアニシモ蜘蛛よその脚をひらきつくせよ   十谷あとり(3)

ひとあしまたひとあし水を踏む鷺の脚見つむれば瞳は濡れ来   十谷あとり(2)
スタートの乾く一声待ちかねて足という足われもと駆ける   雨宮司(2)

素足率向かいの席は五分の三明日はウエッジソールにしよう   有田里絵(3)

山鳩の声途絶えたる真昼間の汝が足音にも籠もりたる熱   日向寺みづほ(3)

仰向けばもうもどれないだんご虫ゆうやけ色に足さき染めて   やや(1)

両腕を縛るよううに抱き締めて爪先と顎でキスをあげるよ   鷲家正晃(0)

ワインカラーのパンストが重い足のままいるほかはなく 会議室  晴れ  棉くみこ(1)

 十谷作品は今回も人気。一首目は一語も無駄な語彙がなく、「ピアニシモ」から広がる連想も美しい歌。二首目については、歌のリズムが情景と合っているかどうか賛否両論となった。雨宮作品、的確な表現で情景がすぐに浮かぶ。有田作品は「素足率」の表現が面白く、また今年の流行を取り入れた明るい歌。日向寺作品からはこの時期の暑さが伝わってくる。鷲家作品、「ようう」は単純な間違い? と思った人が多く、無点に終わる。棉作品、独特の表現を解釈しかねた人もいたが、どうしようもないけだるさを感じませんか?

■自由詠より

(5点歌)
ひだまりにひらくてのひらくるぶしをくすぐる風は恋人に似て   日向寺みづほ

 ひらがな表記や同じ音の繰り返しが効果的な歌。「ひらひら」「くるくる」といったオノマトペも隠されている? 「くるぶし」が初々しく、また夏に向かう感じも出ている。

ザルカウィ殺害の報に拍手するテロに歓喜を非難せし民   雨宮司(0)

式典で起立せぬ人サッカーの君が代ならば自然に歌う   有田里絵(2)

ああそれが答えであった 水田に映るまったいらな空の青   笹井宏之(3)

生きてゆく 返しきれないたくさんの恩をかばんにつめて きちんと
   笹井宏之(2)

五月闇こそいのちはぐくむ闇ならめ土に樹木の種はあまねし   十谷あとり(2)

持ち物に名前書くようにカレンダー彼と私の誕生日書く   鷲家正晃(1)

放射状に夏のひかりを散らしては蜘蛛の巣揺れる深き側溝   棉くみこ(2)

101匹分の1匹わんちゃんが主を引っ張り駆けてくる初夏   棉くみこ(1)

 雨宮作品、出だしのリズムの乱れや後半のもたつきが読みづらいとの意見が多かったが、それでも詠まずにはいられなかった作者の感情が伝わってくる。有田作品は諷刺の歌の解釈が複数名から。しかし「no music,no life」の作者曰く素直な連帯感を詠みたかったとのこと。笹井作品、1首目はやや自己陶酔の感もあるが、歌い出しや水田に青空を見つける詩情が評価された。2首目を選ばなかった参加者からは具体性のなさを指摘する声が。十谷作品は宇宙のはじまりさえ想起させる神秘的な印象。鷲家作品、助詞に工夫をとの指摘もあったが、二人の関係の確かさが感じられる歌。棉作品、1首目の情景を切り取ってくる視点が評価された。2首目の上句はなかなかユニーク。

 関西歌会はかばん関西ML参加者なら誰でも参加できるオープンな歌会です。特にオンライン歌会は参加者の居住地や都合に関係なく開くことができ、歌会という場が毎月成立することに感謝感謝のこの頃です。興味を持たれた方は是非お問い合わせください。(日向寺 記)
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# by kaban-west | 2006-06-30 11:34 | 歌会報告
2006年 05月 28日

2006年5月歌会

かばん関西五月歌会 歌会記

二〇〇六年五月二十八日(日)、奈良県文化会館集会室Cに於いて、かばん関西五月歌会が行われました。

[詠草参加者]雨宮司、有田里絵、笹井宏之(購読)、やや(ゲスト)、鷲家正晃(ゲスト)、棉くみこ、十谷あとり(日月/玲瓏)
[当日参加者]雨宮司、有田里絵、塩谷風月、日向寺みづほ(購読)、鷲家正晃(ゲスト)、棉くみこ、十谷あとり(日月/玲瓏)

 今回は詠草参加・歌会当日参加を含め合計九名の方がご参加下さり、合計二十八首の作品が寄せられました。作品と意見交換の一部をご紹介します。

◇兼題「飛ぶもの」◇

・一息で飛ばせなかったたんぽぽの綿毛しっかり寄り添っている  有田里絵

六票歌。飛んでいった綿毛ではなく、残った綿毛を詠んだ視点がよい。「たんぽぽ」のひらがな表記も効いている。観察のゆきとどいた歌。

・手のひらから消えてしまうよ文鳥は白い羽ばたきひとつ残して  やや

淡いものをうまく捉え、伝えることに成功している。「白い羽ばたき」が巧み。

・鉄鉢を米俵どもが追いかけて天空を飛ぶ絵巻に見入る  雨宮司

「信貴山縁起絵巻」を詠んだ歌とのこと。絵巻のことを知らない人にも開かれているとの意見が出た。淡々と対象のみを詠んだところがよいと思う。

・おとうとをころした… と啼く鳥のため桐の木は高く花をかかげる  十谷あとり

 「ころした」に関して賛否両論が出た。何の鳥かわからない、また「…」と一字明けの併用はいかがなものかという意見も。

◇自由詠◇

・好きだった記憶はどこか遠近のない空に似てセーターをしまう  棉くみこ

淡い恋のイメージが伝わる。下句、セーターの登場が唐突かという意見もあった。

・繰り返し四つの呪文を口ずさむヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・ムルロア  雨宮司

反戦を語り継ぐ必要はあるが、軽く歌ってしまってよいのか?という意見が出された。軽くしか詠めないことこそが、われわれ戦争を体験していない世代の限界を表しているのかもしれない。

・圧縮と解凍を繰り返されて「aijou.mov」は壊れた  笹井宏之

・サイコロと鍵を続けて英語にて口にしてみる「ダイスキーだよ」  鷲家正晃

歌会初参加の有田さん、鷲家さんを始め、塩谷風月さん、日向寺みづほさんも当日選歌・コメントに参加下さり、にぎやかな歌会となりました。初参加のお二方、お疲れ様でした。鷲家さんが抱く素朴な疑問(「歌会とは?」「選歌とは?」「批評とは?」「短歌とは?」)に、あらためて自分の短歌観を問い直されるような、また忘れかけていた初心を思い出させてもらえたような気持ちになりました。また、ベビーカーを押し授乳をしながらの参加となった有田さん、その熱意がまぶしかったです。ママと一緒に来て下さったお嬢さん、お顔を見せて下さって本当にありがとう!また遊びにいらして下さいね。
かばん関西歌会は「お医者さん鞄」のように大きく「がま口」を開けておりますので、どうぞ気軽にご参加下さい。六月はオンライン歌会、七月は大阪にて歌会を行う予定です。(十谷あとり記)
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# by kaban-west | 2006-05-28 15:41 | 歌会報告
2006年 04月 30日

4月歌会報告

かばん関西2006年4月歌会 報告記

【参加者】雨宮司、有田里絵、笹井宏之(購読)、十谷あとり(日月・玲瓏所属)、やや(ゲスト)、棉くみこ

 かばん関西MLを利用したオンライン歌会。題は春のイメージで白としました。

■兼題「白」

生むように生まれるように真昼間の沸騰水を沈む白玉  笹井宏之

はなびらの白いくつかを留めたる傘たたまれて夜に傾く 十谷あとり

いとけなく母猫を追ふ白猫のあうらあかるし名は桜丸
  
ぴったりを見つけられずに何年が過ぎたのだろう白い綿シャツ 有田里絵

責任を逃れるように丸まって シュレッダーは白の虫かご 棉くみこ

一首目、「生むように生まれるように」の比喩のうまさに評が集まる。晴れた午後の情景が浮かぶよう。二首目、「夜に傾く」傘が鮮やか。しばらく留まって鑑賞していたい歌。三首目、ふだん意識しない猫の「あうら」に焦点を当てた点がユニーク。桜丸の響きも明るく、ドラマ性がある。四首目、実感がこもっているとして2票。「何年が」が大げさとの意見も。五首目、刻まれた紙片が落ちていく様子がわかる。ただ上句の意味が曖昧。
 題詠は全部で十三首あつまった。白玉、シャツ、シロナガスクジラ…とさまざまな白に混じり、はなびらの持つほのあかるい白、メールや本の余白といった白も印象に残った。

■自由詠

一日の始めと終わりつなぐよに右から左はみがきをする  有田里絵

特大のファールボールをあてられてフェンスがわれに返る数秒 笹井宏之

うしろ手に扉しめれば過ぎてきた時がさらさら砂山となる   やや

ムンフバト・ダバジャルガルが理事会の満場一致で大関となる  雨宮司

 一首目、「つなぐよに」は「つなぐように」と直したほうがよいという指摘が出たものの、見立てのよさで高得点歌に。二首目、振動するフェンスを「われに返る」と表現したことで、より真に迫る歌に。三首目、読み手それぞれが違った場面を想像しながらも、共鳴できる歌となった。四首目、事実そのままという意見と、そのままだけどなんとも言えないおかしみがある、との意見に分かれた。

 この歌は棉さんでしょうか……と最近よく当てられるので、今度は意外性のある歌を提出するぞと思ったりしています。
(棉くみこ記)
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# by kaban-west | 2006-04-30 11:32 | 歌会報告
2006年 03月 12日

2006年3月 パピエ・シアン&かばん関西 合同歌会Ⅲ

◇ レ・パピエ・シアン&かばん関西合同歌会 歌会記 ◇

二〇〇六年三月十二日、東大寺および奈良文化会館集会室に於いて、短歌同人誌『レ・パピエ・シアン』と、かばん関西との合同歌会が行われました。当日の詠草および歌会の模様をご報告いたします。

       *  *  *

短歌同人誌『レ・パピエ・シアン』と、かばん関西のメンバーとの合同歌会は、二〇〇四年の大阪市立東淀川勤労者センター、二〇〇五年の榊原温泉合宿につづき三回目となる。今回はみなさんに早春の奈良へお越しいただこうということとなり、ちょうど修二会(お水取り)の時期でもあったので、東大寺での吟行も計画した。

当日の参加者は、雨宮司さん(かばん)、小林久美子さん(未来/レ・パピエ・シアン)、山吹明日香さん(未来/レ・パピエ・シアン)、棉くみこさん(かばん)、十谷あとり(日月/玲瓏)の五名。詠草のみの参加者は、イソカツミさん(かばん)、大辻隆弘さん(未来/レ・パピエ・シアン)、桂山光代さん(未来/レ・パピエ・シアン)、笹井宏之さん(かばん購読会員)、渋田育子さん(未来/レ・パピエ・シアン)、藤井靖子さん(未来/レ・パピエ・シアン)、吉野亜矢さん(未来/レ・パピエ・シアン)の七名。

午前十時、近鉄奈良駅西口改札に集合。あいにくの小雨模様ながら、風はおだやかで花粉症の方にはやさしいお天気となった。
駅から奈良交通のバスで東大寺春日大社前まで移動、そこからは歩く。若草山を前方に見つつ浮雲園地を横切り、東大寺の法華堂(三月堂)へ。雨の中、鹿が白いお尻を見せて草を食んでいる。

坂を登り、手向山八幡宮の前を通り、法華堂に着く。ここには日光菩薩像・月光菩薩像をはじめ、天平時代や鎌倉時代の仏像が十六体ある。薄暗い堂内に入り、思い思いに像に見入る。(少しでも歌の材料になるものを集めよう)とノートを出し、頭に思い浮かんだことばをとにかく書き留める。周りを見回すと、みんな手帳を広げてメモを書いている。いよいよ吟行の始まりである。

法華堂の次に、東大寺の二月堂へ。この日は修二会の期間中の日曜日とあって、学生の団体など大勢の人で賑わっている。テラスのように張り出した高い回廊から眼下の景色を見る。天気がよい日は生駒山や葛城山まで見渡せるのだが、この日は雨でかすんで見えなかった。堂の周辺で、参籠中の僧侶や、法被姿の世話人たちが忙しく立ち働くところ、また撥釣瓶のついた井戸や竈、今夜使われる籠松明など、修二会真っ只中の雰囲気を十分見聞することができた。

雨が降ったり止んだりする中、最後に東大寺大仏殿へ。こちらは外国人観光客がちらほら。大仏を目の当たりにして「Oh…It’s great!」と声を挙げている人も。岡山から参加された山吹さんは大仏を見るのが今回はじめてとのこと。初めての人もそうでない人も、あらためてその大きさや歴史に思いを馳せながら拝観した。
 
昼食後、奈良県文化会館の集会室に入り、吟行の詠草を整理する。めいめいノートや手帳に取ったメモを仕上げ、短冊に一首ずつ記して提出。歌を書き始めると全員表情がひきしまり、室内には手帳を繰る音、ペンを走らせる音だけが響く。用意した短冊が二枚、三枚、つぎつぎと取られて減ってゆく。こうなると普段ひとりで詠んでいる時とはまた違った集中力が出てくる。もう一首、いやあともう二首、と、知恵を振り絞りひたすら書く。進行の都合上、三、四十分程しか時間を取ることができなかったが、最終的に五人で四十一首の歌を完成させることができた。
吟行詠草は左記の通り。

合わす掌を合わさぬ掌らがおのおのを抛りみまもる一体の像  小林久美子
大仏の座したる蓮の花びらは二十八枚ある(未確認)  雨宮司
目を閉じて久遠【くおん】の果てに祈れるは何の故にか月光菩薩  雨宮司
鳴きかはす百鳥【ももとり】の声いろのなき花と咲きけり春の林に 十谷あとり
仏性の忿怒【ふんぬ】の相を体現し虚空をにらむ不動明王  雨宮司

蝋燭の灯はたえまなく動く ひと祈るときも祈らぬ刻も  小林久美子
雨を含む砂利を踏むにはちょうどよい 黒のローファー強靭であれ  棉くみこ
昼前の籠りの僧ら紙衣【かみこ】着て語らひをりぬ庭のほだ火に 十谷あとり
悪戯【いたずら】をしたる邪鬼らを踏みつける増長天の涼やかな顔  雨宮司
お茶漬の中のあられからひなあられ 径【けい】は違えど梅の香りが  雨宮司

燃ゆるときよき香を放て杉の葉はあをきがままに松明となる  山吹明日香
春の森に雨降り来れば百鳥の声水紋のごとくひびかふ  十谷あとり
 両眼は金の三日月ふくらめる頬はうすくらがりに沈める  山吹明日香
 走りつつ観光マップを広げ見る「ならまち」の辺りやわらかき雨  棉くみこ
 凡夫への慈愛に満ちたまなざしとどこか無縁な半眼である  雨宮司
 
触るるともなくあはさるるみほとけの掌の間のあなくらぐらし  十谷あとり
 薬指はつかそよがせ仏像の左手はくらき水面となりぬ  山吹明日香
法華堂は三月に訪ねるといい雨ふる朝のあまいひかりの  小林久美子
 ブロマイドのやうに売らるる仏像の絵葉書そつと手にとりてみる  山吹明日香
陽の下に籠りの僧の佇つみれば紙衣の裾のけばだちてあり  十谷あとり
 
大仏に逢はむとたどる石畳こんなときにも鼻唄は出て  山吹明日香
観音の目の蓋のふくらみを圧し湿らせて去る三月の霧  小林久美子
 砂漠での戦より還るようすにて白く汚れている四天王  小林久美子
薄暗【はくあん】の堂の柱に金銅の幡あり 飛天ひかりのもつれ  十谷あとり
 東大寺南大門の仁王像そんなに目玉をひん剥かなくても  雨宮司

花々が散りては咲いてゆくように仏の面は永劫の相  雨宮司
 枝の先にしずくを溜めて昏く芽をまだ閉じている染井吉野は  小林久美子
あるは笛あるは小鐘を打ち響【な】らし飛天天女はもつれまとはる 十谷あとり
 ここへ来た者のみが赦されてゆくようだあなたのおおいなる掌に  小林久美子
 角のない鹿の隣を行き過ぎる間抜けと間抜けは戦にならず  棉くみこ
 
右は山、左にはただ空がある大仏殿へ続くいしみち  山吹明日香
玉椿咲き満つさまにつらつらと傾ぎ笑へり莫山の蹟【て】は  十谷あとり
 ゆっくりと二月堂への石段を登りつめれば奈良一望す  雨宮司
 見おろせる吾を映さずに四方よりふる霧雨にささやく 井戸は  小林久美子
吐露すれば重さを持たぬ言の葉よ奈良公園に鹿の餌食む  棉くみこ
 
結ぶなかれ結べば願ひ叶わずと書かれし凶のみくじを透かす  十谷あとり
 とぢてまたひらく雨傘はじめての角しろじろと走りくる鹿  山吹明日香
「十時五十…いや十一時ジャストに集まれ」と生徒の自由に任せる教師 雨宮司
 フラッシュの光を仰ぐ四月堂、そのやはらかき響きの前に  山吹明日香
 生くるとは湿りゐること 汝の声 雨の敷石 鹿のくちびる  十谷あとり
 山々は雨にかすんで見えません街並だけが濡れていきます  雨宮司

吟行詠の整理が終わったところで、歌会を始める。歌会は〈自由題の部〉と〈吟行詠の部〉の二本立て。司会は小林久美子さん。まず〈自由題の部〉より、詠草が全部で六首と少ないので、「天=3点」「地=2点」「人=1点」という配点で三首選び、意見交換を行った。
 〈自由題の部〉詠草は左の通り。末尾( )内の数字は合計得点数。

サティアンが消え青年が去りしのちひとつの村が今日閉村す 桂山光代(6)

どこまでも素足の届く遠浅を雛の舟曳く清信女たち 十谷あとり(6)

穏やかな風貌のどこに激しさが渡海を果たした和上の像よ 雨宮司(1)

風待ちの港のやうな日々をゐて窓辺の椅子に垂らす爪先 山吹明日香(7)

低き屋根に浮かべる土のう青空にあこがれるかに白さを見せる 棉くみこ(2)

あかるみは寡黙だ 拭きおえた窓も窓をとおして濾過された陽も 小林久美子(8)

引き続き〈吟行詠の部〉の選歌・意見交換へ。こちらは歌数が多いので一人十首を選ぶ。選歌結果は「燃ゆるときよき香を放て杉の葉はあをきがままに松明となる」四票、「雨を含む砂利を踏むにはちょうどよい 黒のローファー強靭であれ」「薬指はつかそよがせ仏像の左手はくらき水面となりぬ」「陽の下に籠りの僧の佇つみれば紙衣の裾のけばだちてあり」「結ぶなかれ結べば願ひ叶わずと書かれし凶のみくじを透かす」三票…と、まんべんなく票がばらけた感となった。どれも今、みんなで見てきたばかりの情景が詠まれているのだが、それぞれの切り取り方や表現の方法の違いが面白く、勉強になった。

雨の中たくさん歩き、たくさんの歌を詠みまた読んだ歌会も午後五時を以って終了。最後に、参加者十二名による詞華集『沓冠 水取りの巻』が披露された。これは今回の合同歌会の場所と時期に因んで、芭蕉と子規の俳句を隠し題に、沓冠【くつこうぶり】の歌を詠み、それをまとめたものである。

『沓冠 水取りの巻』
水とりや杉の梢の天狗星  子規

[み]三日目の夜にようやく下がる熱 体温計を振る指白し[し]  藤井靖子   

[ず]図解した世界は粉に 白墨を舞い散らす風受けるよこがほ[ほ] 吉野亜矢

[とり]とりどりの神の降りるを見るように岸壁の少女波頭を仰ぐ[ぐ] 棉くみこ

[や]大和なる空くもりなく愁ひなく雲雀はうたふ非非非想天[てん] 十谷あとり

[こおり]凍りつく大雪原も三月となれば密かな春草の園[の]  雨宮司

[の]悩ひとつ去るまでを見た風がふきつづける街のはずれの梢[こずえ]小林久美子

[そう]そうだねとあなたの声が返るまで百年たった輝く夏野[の] 山吹明日香

[の]のび太君ドラえもんと住んでいるだからといって依存のしすぎ[すぎ]渋田育子

[くつ]靴のかたちの足をさすればたましいもこういう感じせまくなる部屋[や]  イソカツミ

[の]野のかぜはふいに裏木戸から入り去るわたくしの声を受け取り[とり]大辻隆弘

[お]大父に手をひかれつつ見ていしは釈迦の足裏のぐるぐるの渦 [ず]桂山光代

[と]冬眠をするほどうすくなってゆく いつかのクスノキの置手紙[み] 笹井宏之

水取りや氷の僧の沓の音  芭蕉

       *  *  *

年に一度『レ・パピエ・シアン』のみなさんとご一緒させていただくこの機会、普段とは違う角度から批評をされたり、いつもより粘ってたくさん歌を詠むことができたりと、よい刺激をたくさん得ることができました。今回は開催時期が年度末と重なったことを反省し、「次回は春ということにこだわらず、気候のよい時にまた集まりましょう」と話し合って散会しました。
なお、『レ・パピエ・シアン』八十八号(二〇〇六年五月号)には、「東大寺吟行・合同歌会 かばん・パピエ合同企画Ⅲ」と題し、今回の歌会の特集が掲載されます。〈自由詠〉〈吟行詠〉の詳しい選歌評もございますので、こちらも併せてご覧いただければさいわいです。
ご参加・ご協力下さいましたみなさま、本当にありがとうございました。
(十谷 あとり)
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# by kaban-west | 2006-03-12 15:52 | 歌会報告