かばん関西歌会

kabanwest.exblog.jp
ブログトップ
2018年 07月 02日

2018年6月 水無月西区民センター歌会

かばん関西 水無月歌会 
とき:二〇一八年六月二十四日(日曜日)
ところ:大阪市 西区民センター 第二会議室

◆参加者 合計十四名
あまねそう(詠草のみ)、雨宮司、新井蜜(塔、詠草のみ)、有田里絵、泳二(ゲスト)、小川ちとせ、久保茂樹、黒路よしひろ(ゲスト)、佐藤元紀(詠草のみ)、塩谷風月(未來/レ・パピエ・シアンⅡ)、雀來豆(未來)、十谷あとり(日月)、福島直広、ミカヅキカゲリ(詠草のみ)
*表記のない方はかばん正会員。当日参加十名、詠草のみ参加四名、司会進行は十谷あとりさんでした。

今月のお題は「水」です。六月十八日に大阪北部を中心とした大きな地震があり、歌会当日はまだライフラインの不都合が続いている地域もありました。参加者の中でお題の持つ意味合いが変わったのか、詠草にも読み方にも、変化が見られたように感じます。水無月とは言いながら、潤いのある日々の暮らしのありがたさを実感する歌会となりました。
 提出する詠草は一人合計二首まで、兼題または自由詠としたところ、提出結果は次のようになりました。
*兼題一首+自由詠一首・・・九名
*兼題二首・・・三名
*自由詠二首・・・一名
*自由詠一首・・・一名
集まった歌は、兼題が合計十五首、自由詠が合計十二首です。抜粋して紹介します。


◆兼題「水」

豪雨明け水軋む音はどこまでも耳障りなまま海まで続く     雨宮司

 梅雨明けはあるが豪雨明けという語はなさそうだという指摘はあったものの、歌の内容には豪雨という濁音の入った言葉は合っていて、「水軋む」「耳障り」との釣り合いはとれている、という意見がありました。造語でも歌全体の意味が通っていて響きが良ければ違和感なく読者に受け止められる場合もあります。

こころざし清しくあれよ水に切るインカの百合の茎のひとすぢ  十谷あとり

 今回の高得点歌です。「インカの百合」という固有名詞が与えるイメージに好感を持つ人が多かったようです。状況はどうあれ、心持ちの清々しさを讃えようとする気持ちが伝わります。視覚的にもカタカナが効果を上げています。あまりに巧みで嵌まりすぎた印象を受ける気がするという意見もありました。


映るものすべていたわる水であり地震の夜を湯舟に満ちる    小川ちとせ

 助詞の使い方について意見が集中しました。「夜を」の「を」を「に」に変えるほうが文脈上は良さそうだが、「湯舟に」の「に」と同じになるから避けたのではという意見がありました。地震のあった夜だから、自分が浸かるための湯ではなくとりあえず非常時用の水を満たした家も多かったということを言いたいのだろうという読みもありました。溜まった水を眺めていると感慨が湧きます。


透明度確かめながら水筒の蓋を閉めゆく もう憎くない     有田里絵

結句の「もう憎くない」は、自分に言い聞かせているようですが実際はまだ憎いんですよね、という声に笑いが起こりました。水筒にお茶ではなく水を入れることへの疑問や、平易な語句なのに歌の真意が掴みにくいという指摘もありました。


灰掃いた夜また噴火する御鉢【おはち】フェロカクタスの根が水を吸う   福島直広

 これも固有名詞が楽しい歌です。「御鉢」は九州の霧島周辺の火山群を指す語であると同時に、一般的な火山を表す語でもあるそうです。それを知らなくても、鉢に継承がついていることで大いなる自然を表しているイメージを受け取ることができました。「御鉢が回る」という慣用句もありますね。初句「灰掃いた」は音読しにくいですが駄洒落のような面白さは「フェロカクタス」との相性も良いです。いろいろあるけれど身近な自然は今日もがんばっているよと励ましてくれているようです。

水走を過ぎれば長きトンネルの彼方はぐれた星のような家   塩谷風月

 「水走」は地名です。「みずはい」と読み、東大阪市にある阪神高速道路の東側出入り口のことを指します。また、古代から中世にかけて河内国で活躍した一族の氏でもあるそうです。地上にある家を「はぐれた星」と表現したのが良い、トンネルの先にある生駒山中腹に見える家々だからでは、という読みがありました。


ほしいままに統辞できない悦びの向かうに流れゐる水      新井蜜

大胆な破調と「統辞」という語が印象的ですが、抽象的でわかりにくい歌でもあります。詠み手の意のままにはならない作歌のおもしろさを提示して、更にその先の手の届かない所には水(到達したい最終目標の象徴)が流れているという読みや、字足らずは気になるが作者には理由があるだろうし決意も感じるという意見がありました。「向かう」はよく読むと曖昧な表現であるという指摘もありました。参加者は、戸惑いながらもこの歌を取り込もうとしていました。


朝、ゆずの木に水をやる一本の木とともに歳をとるということ  雀來豆

 穏やかでやさしい気持ちになれる歌です。生活の中に一本の木が自然に存在していて、歳を重ねるのも悪くないと言ってくれているようです。「朝、」という出だしは、力の抜けた主体の心の在りようを想像させます。子どもが生まれたときに木を植える人もいますね。「短歌を、もうちょっと無作為にやりたい。さらっとしていてもいいのではないか」という意見がありました。
 
平成に馴染まないまま次がくる水森亜土は息災なりや      久保茂樹

 作者は昭和の人で、平成に馴染めていないのだろうという声に、一同はうなずいたり苦笑いしたりしました。水森亜土という選択はちょうど良い、「次がくる」は平易且つ乱暴な表現だけれども水森亜土には釣り合っているという評がありました。「息災なりや」もどこかコミカルで、実際に水森亜土がどうしているのか特に知りたいわけではないのでしょう。飄々とした雰囲気に和みます。


たまきはる救ひあらめや牧水よ甘露一滴とほき我が涯      佐藤 元紀

若山牧水の名前が示すように「甘露の一滴」はお酒そのものを指すのでしょう。自分もお酒を嗜んでいるけれど、牧水がなし得ていたお酒との親しさにはほど遠い自分がいて、さらに自分の忙しない日々はまだまだ続いていく、という読みが参加者の中では主流でした。
梅雨晴れのパーティー素麺を茹でてゴム長靴にお菓子を詰めて  泳二

 ファンタジックな歌です。かわいらしい雰囲気を楽しむ歌だという意見が最初にありました。「梅雨晴れのパーティー」は意味はわかるものの省略しすぎではないかという指摘や、雰囲気を楽しむためにはリズムを最高する必要があるのではという指摘もありました。おそらく作者は新鮮さとわけのわからない感じとが入り混じっているという指摘を予想した上で、きめすぎない歌として提示しているという読みも聞かれました。
 

諍いて靴音遠く聞く夜に蛇口ひねればぬるき水出る        塩谷風月

 「ぬるき水」が心の様子を示していると評価されました。実際は特にぬるいわけではなくごく普通の水道水だったのでしょう。人の心と水は切り離せないものですね。「諍いて」「ひねれば」と仮定に通じる語を使ってある点にはやや甘さも感じるという意見もありました。


水の影素足を揺らし名も知らぬ貝の欠片とつながる記憶     あまねそう

 「水の影素足を揺らし」はとてもきれいで良いという評がありましたが、「名も知らぬ」は何度も目にしてきた表現であり、安直でもったいないという指摘が複数ありました。
記憶については曖昧さを感じる参加者が多数いました。
一、素足を揺らす行為が、貝の欠片の記憶を呼び覚ます
二、貝の欠片が、何らかの記憶を呼び覚ます(素足を揺らすのはたまたましていた行為)
三、きらきらした光が素足にうつっているのを見て、貝の欠片の記憶が呼び覚まされる
など、様々に解釈できます。でも、この「記憶」や「つながり」は当事者にとって重要だと分かるから、中身は漠然としたままでもいいのではないかという意見がありました。



◆自由詠
愛情を負債の側に仕訳して総務課鵜野乃【うのの】さららの春は     黒路よしひろ

なんともすてきな名前の女性が登場します。「仕訳」とクールに言い切ってしまう楽しさが良いです。雨宮さんがあっさりとこの女性はとある歴史的有名人だと種明かしをされて、「知らないほうが面白かったのに」とか「知識が歌を読む目を眩ませる」だという声が上がりました。一応、答えは本文の最後にお知らせします。


「ふくらはぎ、揉んでください、ふくらはぎ」「えっ、おぎやはぎ?」「いや……ふくらはぎ……」  ミカヅキカゲリ

 会話文そのままで、実際になされた会話だろうかと思いながらも二人の関係性を想像してしまいます。このようなやりとりでも気まずくならない関係なら、かなり親しい間柄でしょう。通い慣れた整骨院か病院、家族間などの読みがありました。


落下傘背負った真っ赤なたくさんのタコさんが降る明日の確率   福島直広

 「さん」の音が重なってリズミカルです。「落下傘」「負った」「真っ赤」にもそれぞれ促音便が使われています。この落下傘に兵士を想像する人もいましたが、全体的には明るい童話のような歌意で、社会詠ではなさそうだという意見に賛成する人が多かったようです。

 今回の歌会は満員御礼となり、時間ぎりぎりまで詠草を読み進めました。筆者は十年以上こちらでお世話になっていますが、いまだに意見や評を述べるのは難しいです。でもみなさんの雰囲気に救われながら続けています。自分なりに短歌を受け止める、短歌に近づこうとする、その姿勢を保ちたいです。これからもどうぞよろしくお願いします。
*答え* 鵜野乃(うのの)さらら・・・持統天皇の即位前の名前
                                 (有田里絵/記)


[PR]

# by kaban-west | 2018-07-02 15:23 | 歌会報告
2018年 06月 01日

2018年5月歌会記

✿ かばん関西五月オンライン歌会記 ✿
<参加者>
雨宮司、新井蜜(塔)、有田里絵、小川ちとせ、 ガク(ゲスト) 、佐藤元紀、雀来豆(未来)、杉田抱僕(ゲスト)、ふらみらり、 本田葵(かばん/塔)
*特に記載のない方は、かばん正会員です。

今月の兼題は雨宮さん出題の「みどり」です。表記は問いませんが「みどり」を詠み込むこと、という条件付きです。十首の歌が集まりました。


★風そよぎ柳の花穂の緑散る「すべて散ったらもうすぐ五月」  雨宮司

端正なつくりで、時間の細かな経過も伝わる歌です。上の句と下の句で全く雰囲気が違い、種明かしのようにも取れるためあっさりした印象です。カレンダー上での五月、自然界のリアルな五月、そして主体の感じる五月、それぞれに当然差異があるという意見がありました。


★花を買う余裕なければさみどりの草を束ねて子らと親しむ  有田里絵

優しさを感じる人が多い反面、すらっと読めてしまう平坦さ、アクセントのなさを感じる人も多かった。「余裕なければ」の理由が書かれておらず、経済・時間・気持ちのいずれにも読める。石川啄木の歌を思い出す人もいました。


★遠き汽笛目に夏緑ひろごりて齷齪を出湯に流しをり  佐藤元紀

各自が「齷齪」を調べて、「あくせく」の漢字表記の面白さに惹かれていました。ごちゃっとした見た目が身体を侵食している悪いもやもやのようで、それを流しているという読みもありました。なんとも爽やかな緑の風景がひろがってきます。温泉でもどこでも、行きたくなったらその場所の歌を詠んでしまえばいいのかもしれません。


★きみの蜂鳥のような緑のマスカラが濡れて剥がれて飛んでいったよ  雀來豆

女性のマスカラが落ちるのは泣いたとき。しかも最近の化粧品は高性能ですからまともに泣かないと落ちません。鮮やかな緑のマスカラを使える女性なら特に落なさそう。初句が大きな破調であるため区切れをどう読むか迷いますが、歌意が取りやすいためそれほど気にならないと評する人が多かったようです。スピード感や力強さが出ています。

★高校の指定ジャージは緑色カエルジャージと今も呼ぶらし  ふらみらり

軽やかな、あるあるの歌です。素直におもしろく読めるのですがどうしても表面上で流れてしまい、短歌としての物足りなさを指摘する意見がありました。作者の地元、もしくは母校のことだとは言い切れないと感じるのは、そこに原因があると思います。


★五月雨は朝露よりも意地悪なみどりの瞳した猫の君  本田葵

ちょっと不思議な歌。モチーフから受け取るイメージがきれいで良いと評されているのですが、歌の構造はわかりにくいという指摘が多かったです。不思議な構造を楽しむ歌というのもあるでしょうけれど、読者に伝わってこそなので、この歌はやや盛り込みすぎたのかもしれません。


★光つてるかがみの破片ルージュ引くほそい指さきみどりのよるの  新井蜜

前出の歌と同様、構造に特徴がある歌で、倒置が頭に残ります。「光つてる」は破片にかかるようですが「引く」も断定の形をしているため、ぷちぷちと区切れているように読めます。漢字とひらがなの使い方に対しては読者によって評が分かれました。「みどりのよる」にはミステリアスな要素や不穏な感じを受けます。


★駆け落ちにはいつでも遠くスコールのラベルの緑を照らさせている  杉田抱僕

スコールは「あ、あの飲料だな」と(おそらくかばん関西の人なら)分かるちょうどいい固有名詞です。「駆け落ちは」ではなく「駆け落ちには」と字余りになっています。クリアな緑のラベルにカップルのみずみずしい雰囲気が出ています。


★迫りくる春のみどりのおそろしきヘイセイヘイセイあかるく歌う  小川ちとせ

今回の高得点歌です。元号改正、ジャニーズのグループ、平静を装う、などの連想を呼びました。簡易なカタカナをリピートしてみるという手法は(手法として意識されたわけではないかもしれませんが)、とても参考になります。


★息上がる峠の道をひた行けばみどりに霞む瀬戸の島々(ガク)

この海が見たいなあと思わせてくれる歌です。淡々とした詠み方に好感を覚える人も、物足りなさを感じる人もいました。海の青、空の青、山の緑。自然はそもそも平坦なのかもしれません。街に暮らしているとこのような景色に入っていくこと自体が少ないですし、季節感も曖昧になりがちですものね。こういう場所で歌会を開きたいです。

兼題は以上です。
最後に自由詠の歌を九首掲載します。

【自由詠】
卵焼き崩してしまうルフランの皿の絵柄の赤が見たくて  有田里絵
日の入りの時刻きらきら延びてゆくパジャマはパジャマの匂いのままで  小川ちとせ
運命はたぶんないからきまぐれに書き換えている未来も過去も  ふらみらり 
怪し雨逃れて庭の生垣に飛びこんでゆく目白のみどり    雀來豆
本人も試験問題この時の作者の気持ち正答出来ず 本田葵
密閉しあはせた部分凝視して繊細になる伸し掛かるとき  新井蜜
水ぬるむなんて言っても近頃は川で遊ぶ子とても少ない  雨宮司
宵闇が明るくてでも涼しくていま夏までのモラトリアム  杉田抱僕
くるしくるほし満身創痍の職場からふらふら身裡に闇のとよもす  佐藤元紀

(有田里絵/記)

[PR]

# by kaban-west | 2018-06-01 15:17 | 歌会報告
2018年 04月 19日

3月歌会記

かばん関西三月オンライン歌会記

○参加者(敬称略)
雨宮司、新井蜜(塔)、有田里絵、戎居莉恵、小川ちとせ、佐藤元紀、雀来豆(未来)、蔦きうい(玲瓏)、土井礼一郎、とみいえひろこ、ふらみらり、本田葵(かばん/塔)
※注記のない方はかばん正会員 計十二名

有田さん出題、今月は兼題一本勝負です。〈音が「は」から始まって「る」で終わる歌〉。ひとりにつき星三つを持ち星とした持ち星方式での選でした。有田さんはAmazonのレビューを見ていて持ち星方式を思いついたそうです。持ち星方式だと気軽にコメントが書けた気がします。

春野菜ほろほろ茹でる夕暮れの窓そのむこう遠くミサイル  小川ちとせ
はんぺんを「はんぺい」と言ふ祖父なりき細切りにして菜花とあえる  有田里絵

高得点の二首から。
一首目。ミサイルのニュースは時折大きく報道されるけれど、その間も身のまわりではあたりまえの日常が繰り広げられている、その感じが明るさを伴いながらよく詠まれています。読み手の多くに、ナチュラルに自らの日常や実感に引きつけて味わわせたこの歌の説得力は、結句の「ミサイル」まで丁寧に積み重ねた言葉の効果、細部にみられる技術力からくるものでしょう。主張せず「ほろほろ」にこめた素朴で現実的な生活感、どこか崩れそうな心を読み取って評価した人も。下句がこなれておらず説明になっていないかという意見もありました。しかし案外、「そのむこう遠く」というもどかしさのある表現に実感がこもっているようにも読めます。今回の最高得点で、星を二つ使った人も多かった歌。
二首目も高得点でした。実景がさらりと描かれているけれど具体的で、季節感をまとった淡いような眩しいような色合いが美しく目に浮かびます。「辛子醤油でも、生姜醤油でも、酢味噌でもいい。その背後には古臭い御爺様のことばが黴のように潜んでいて、生活をしっとりと潤わせているのです。」という評も。過去の助動詞「き」も効いています。

針供養済ますつもりで買ってきた木綿豆腐は鍋の具となる  雨宮司
はかなくもしょうめんの前髪に光る蜘蛛の糸ふれるくずれるやぶる  とみいえひろこ
腹のなか圧縮するごと息を吐くおしつぶしたもの遠くへ投げる  ふらみらり

一首目。具体的に詠み込んだ単語から穏やかで丁寧な生活の風景が立ち上がってきます。にやっと笑える景の切り取りが好評でした。そういった完璧ではない生活こそが大切なんだという実感をもった読み手も。さりげない詠み方は散文的にも感じられ、とくに「済ますつもりで」の受け取り方に幅が出たりもして、もどかしいところ。
二首目。「しょうめんの前髪」はちょっとヘンなのでは、「私」の前に座っている女の子の前髪では、といったように、上句も下句も読み方が分かれました。お題に対応するため「はかなくも」を冒頭に持ってきたことで、なんとなく主体の心情の説明のようにもみえるという評も。個性的な不思議なリズム、もってまわったような措辞になぜか魅かれるという意見もありましたが、かなの多用はここではあまり効果がないようです。
三首目は「おしつぶしたもの」が読み手の想像を広げました。怒り、不満、自分にとっていらないもの、野球のボールなどなど。合唱指導か何かを詠んだもので、指導者に言われたことを生真面目に反芻している歌なのではという読みも。「抽象的な景なのになにか可笑しい」という評もあり、「腹」や「圧縮」といった硬い言葉、観察に徹した表現が醸し出す不思議な雰囲気を味わいました。

歯ぎしりにすりへりし日々しづしづとかげろふ木の芽春雨ぞ降る  佐藤元紀
羽蟻来れば羽蟻は僕の言葉にも蟻の言葉を混ぜようとする  土井礼一郎
儚しと笑はば笑へわが愛の向かふはひとりこのラブドール  新井蜜

一首目。音のおもしろさや、季節と我が身の対比が評価されました。上句を声に出して読んでいるうちに歯がすり減っていきそうな感覚や、自分のなかで音が響き合ってくる感覚が生まれます。すりへる理由には触れずに「日々」という言葉を用いながら〈歯ぎしり→すりへる→歯ぎしり〉のループが描かれています。すりへる我が身がすりへることのない季節の巡りにのみ包まれているような孤独感が伝わります。道具立ての多彩さがすこし過剰で煩わしくもある、という意見も。
二首目。「羽蟻」「蟻」の連続により、人間である読み手の中にもほんの少し〈蟻世界の言葉〉に近づけたような感覚が生まれたという感想も。わたしにもこんな経験があったのだと思わせてしまう力がある、〈言葉〉自体のつかみどころのなさが読み取れる、という評もありました。「お題を忘れさせてくれる歌」という評も、作品の個性や存在感からくるものでしょう。どうせなら「羽蟻の言葉を混ぜようとする」としてほしかったという意見、また、「混ぜようとする」には「混ぜようとしてきやがって」といった否定的な意識があると読めてしまう点も課題として挙げられます。
三首目は、もってまわった言い方が滑稽でおもしろい、ぞくっとする、などと読み手がぱっと興味をもってこの世界に入っていける力のある歌でした。「儚し」という表現はすこし違うのでは?という評や、しらべに対して漢字が多く視覚的にごちゃごちゃした印象だという評がありました。「いえ、笑いません。(略)ラブドールを愛せる人は、生身の人間をも愛せると思う。」という評も。

はからずも分かってしまう真実が君のメイクが嘘を物語る   戎居莉恵
晴れの日の散歩の犬の足跡に見つからぬようキスをした夜  本田葵
八月の風吹きぬけて鷺池に幻のごと百日紅ふる  雀來豆

一首目。「真実が」は倒置になっており、三句目で切れるとして読むと意味が分かります。「が」が続いているため、そこが気になってしまいます。「分かってしまう」と「物語る」はここでは同じ意味で、「真実」と「メイク」の両方を入れて説明する重たさが感じられるという評もありました。オルタナティブ・ファクトへの揶揄もあるのかな?という読みも。
二首目もロマンチック。どことなくお題の「はる」の中にあってしっくりくる歌です。上句がカギで、文脈を読み込もうとするうちに歌の世界に引き込まれるつくりになっています。描かれていない恋人とキスをしたのだと読むのがここでは正解でしょう。嗅覚から秘めたる恋となっているところがおもしろいという評や、ここでの「晴れ」は「ハレ」の要素も多く含んでいるという読み方も。
三首目。お題「はる」の中に「八月の風」が吹き抜け「幻のごと百日紅」がふりました。鷺池の風景は季節ごとの味わいがあり美しいのだそう。春の桜ではなく、幻を呼び込んだところがおしゃれです。「幻のごと」という表現については、中途半端、いい味を出している、と意見が分かれましたが、ここが歌のキモではあります。百日紅にしては潔くかっこよすぎる修辞が「幻」感を引き出し、鷺池に映り込んだ百日紅の景色が目に浮かぶよう。

(とみいえひろこ 記)
[PR]

# by kaban-west | 2018-04-19 23:05 | 歌会報告
2018年 03月 18日

2月歌会記

かばん関西二月オンライン歌会報告

◇参加者 (敬称略)◇ 雨宮司、 新井蜜(塔)、 有田里絵、 戎居莉恵、 小川ちとせ、 佐藤元紀、 雀來豆(未来)、 十谷あとり(日月、選歌・コメントのみ) 、 蔦きうい(玲瓏) 、 とみいえひろこ、ふらみらり、 本田葵(かばん/塔)◇以上十二名(所属無表記はかばん正会員)
月例通り、兼題の部・自由詠の部の二本立てで行いました。

◆[兼題の部]今回の題は[箱]。雀來豆さんの出題です。左記の十一首が集まりました。

・箱根猫は小箱の上に寝転びて小春日和を琥珀のように  本田葵
・紙パックさえも勝手に喋りだす「たたんでくれてありがとう」って  有田里絵
・踊り子をひとり閉じこめわたくしの小箱は子宮の静けさである  小川ちとせ
・そばだつる枕も空行月【そらゆくつき】さへも遠く眠れる我がワンルーム  佐藤元紀
・リンゴ箱かさね作つた本棚の奥から『卍』取り出して読む  新井蜜
・箱詰の菓子を携え謝罪へと赴く社長苦労は絶えぬ  雨宮司
・キッチンのテーブル高く静寂【しじま】してhi-liteの青き箱ひとつ  とみいえひろこ
・ああこんな夢を見たって一番に(開けても開けても箱がある)話したいけどベッドにはもう  雀來豆
・この箱は奴隷船かも呼吸さえ危うい僕ら職場へ運ぶ  戎居莉恵
・家中の空き箱全部つぶしますこれで退路を断った気分に  ふらみらり
・抱かれたら漣がくる踏まれたら漣あげる箱にくるまる  蔦きうい

牛乳パック、リンゴの木箱、菓子折の化粧箱、煙草の箱、空き箱など、さまざまな箱が登場しました。また、中に空間があり、何かを閉じ込めたり包み込んだりする、といった箱の性質を表現に生かした歌も。個人的には本田さんの「箱根猫」(ことばの使い方がやや強引かとは思いつつ、箱根には確かに猫が似合いそう)、蔦さんの「箱にくるまる」(具体的には何のことか分からないけれども妙に生身の人間の存在が感じられる歌、それにしても箱に「くるまる」のはちょっと無理なのでは)の二首が特に印象に残りました。互選では佐藤さんの「ワンルーム」、とみいえさんの「hi-liteの青き箱」に人気が集まりました。
題詠という詠み方は、時に、題をどう処理するか、題からどれだけユニークな発想ができるかという方向に力が入りがちになる気がします。アイディアを披露しあうことも歌会の楽しみのひとつですし、そこに知恵を絞るのもいい。ただ、単なる言葉遊びや大喜利みたいにはなってほしくない。わたしは、当該の歌会が終わった後、題詠という枠が外れても読み応えのあるような歌と出会えたらうれしいですし、自分もそういう歌を書きたいと考えています。

◆[自由詠の部] 同じく十一首が出詠されました。

・箱庭に林檎の皮を降らすひと泣く前の喉を髪に隠して  とみいえひろこ
・哀しみは背戸の山からやつてきて去つてゆかない用が済んでも  新井蜜
・浄福の光は闇へ射すものか冴え月は明け方には黄色い  雨宮司
・あなたにもきっとあるはず最強のバルスの呪文心の中に  本田葵
・写真見せきらめく瞳で僕に聞くだれがいちばんかわいいでしょう  戎居莉恵
・水蛇に驚いたのか水際で(Red Bull 翼をさずける)娘はクロックスを濡らして  雀來豆
・二人して波間の千鳥ならましを高師浜駅ステンドグラス  佐藤元紀
・屋根裏に写真一枚まだ若い義父笑ってる何年間も  ふらみらり
・「ねえ、ほしい」「なにを?」「さびしさ」逍遥とその後のわたしを海はしらない  蔦きうい
・指遊びしながら雪を追いかける声を立てずに消えゆく者ら  有田里絵
・しんしんと二月の水を眠らせて電気ポットは壊れていたり  小川ちとせ

ほぼ毎月定期的に行われているメーリングリストの歌会に加え、年に数回、会議室等会場に集まって歌を読みあう歌会も継続しています。お花見吟行や忘年会も。かばん関西歌会が、少しでも刺激を得られる場でありますよう、また歌を志す仲間たちが和やかに交流できる場であり続けますよう、と願っています。(十谷あとり 記)

[PR]

# by kaban-west | 2018-03-18 22:27 | 歌会報告
2018年 02月 01日

2018年1月歌会記

かばん関西 一月オンライン歌会記
             

■参加者一覧(敬称略)
雨宮司、新井蜜(塔)、有田里絵、泳二(ゲスト)、戎居莉恵、小川ちとせ、漕戸もり、佐藤元紀、雀來豆(未來)、杉田抱僕(ゲスト)、とみいえひろこ、蔦きうい(玲瓏)、ふらみらり、本田葵 
※注記の無い方はかばん正会員 計十四名

 今回進行役のとみいえひろこ氏から出されたテーマは「百合短歌」あるいは「嘘」の選択でした。初めて挑む人も多かったのではと思われる百合短歌、また、何が嘘で何が本当なのかの線引きが興味深い「嘘」短歌を紹介します。

◆◆百合短歌 片思い◆◆
ひそやかなわたしの想い告げたときアンナの瞳はかすかにゆれた  新井蜜
ユイはなぜアイと行ったの友チョコに黒いハートを練りこんでいる  有田里絵
あこがれと謂われてしまえばそうだろう恋は一色ではないけれど  ふらみらり
あの日々をあなたと思う おそろいのセーラー服を桜と思う  杉田抱僕
恋人のように握ったてのひらの冷たさここは冬の真ん中  泳二
ぼくはきみにきみは彼女にさ よならと 手を振っている三叉路の春  雀來豆

 一首目。瞳が揺れたことから逡巡したことが伺われます。隠微でエロティシズムを感じる歌。愛する人の動きには敏感になるし、そこから過剰に意味を読み取ろうとしますよね。客観視すれば病的なほどに。二首目。「友チョコ」という言葉からローティーンの女の子を思い浮かべました。まだ幼くて、恋愛の疑似体験を同性の友達に感じているような。一番仲のいい友達に対して、少し恋愛感情が入っていて、相手が他の子と仲良くしていただけで嫉妬してしまう。女子のみなさん、覚えありませんか。三首目。自注ですが、同性に片思いだけど、「ただのあこがれじゃないの?」と言われたと考えた歌です。憧れる気持ちもあるけど、それは異性愛でも同じこと。恋する 気持ちは嫉妬も憎しみも純粋な愛情も尊敬する気持ちもぐつぐつ煮詰めてどろどろになったものだと思うので、「あこがれ」一言ですむわけがないということです。四首目。好きな人とおそろいの制服を着ていられたのは期間限定の学生時代だけれども、その閉じられた時間と空間だからこそ、彼女一色になったのでしょう。桜のように今は散ってしまったことを伺わせますが、いつかそのときが来ると当時から悟っていたのか、ただ美しさに酔っていたのか。振り返っても自分のことさえもよくわからないことがあります。五首目。寒さの中で恋人を夢見て手を握ると、ひんやりと冷たく、その冷たさが愛おしく感じるけど、まるで、彼女の心の中を見たようなとまどいがあります。「冬の真ん中」とは底が見えな いような深いかなしみを感じます。六首目。三叉路に三人の人間関係を象徴させています。それぞれに進む方向が違っていて、手を振っても目が合うことがないもどかしさ。無力感が伝わりますが、早春をイメージさせ、じめっとしていなくて乾いた寂しさ。これからの物語がそれぞれにあるんだろうなあと、若さを感じます。

◆◆百合短歌 ふたりでいるとき◆◆
冷え切ってゆびさきまで悲しみ抜いてこれは君から伝染った生理  とみいえひろこ
みだれがみ梳きあう朝は好悪とかどうでもいいの。罵詈をにれかむ  蔦きうい
私よりまるいかたちに誘われてそっとホックをはずす花咲く  戎居莉恵
重なればこわれる落葉M-1をかさこそ笑いあって観る夜  漕戸もり

 一首目。冷たいゆびさき がとてもつらいですね。ふたりでいるからこそ、自分たちの状況が心に刺さってくるようです。お互いに生理があることの哀しみでしょうか。その哀しみを共有している心情を感じました。二首目。「にれかむ」とは反芻するという意味。「みだれがみ」とは、夜の出来事の証でしょうか。その髪をお互いにととのえあう朝とはなんともけだるげで甘い時間。そして憎しみや罵倒もにれかんだうえで育つのでしょう。表現力に賛同の声が多かった歌。三首目。「私より丸いかたち」ということは自分より胸が大きいということでしょうか。確かに、女性でも大きな胸に触ってみたいという欲求はあり、それが愛する人ならなおさらでしょう。下着をとったときのぱっと花開く感じも、複数の読み手が言及しました。直 前のどきどき感が伝わります。百合短歌らしい、やわらかく、なまめかしい歌。四首目。上句や「かさこそ」という表現から、もろくはかない関係性を感じます。照明を落とした部屋で、テレビの光だけで二人並んでくすくすわらっているような。Mー1という、にぎやかで躍動的な番組を出すことで、二人の秘められた関係が強調されています。

◆◆ 嘘 小さな嘘でも心はざわつく◆◆
「大嫌い」娘がついた初めての嘘がこれです四月一日  本田葵
冬の蝶みたいなうそをつく人だポカリスエットぼんやり白い  小川ちとせ
掛軸にかするる墨のふとぶとと俺を縛れるその一文字  佐藤元紀
吉野川特産鮎の串焼を 嘘こけ今は禁漁期だろ  雨宮司

一首目。四月一日だから嘘と思いたい親心で しょうか。もしかしたらこれは虚構で四月一日ではないかもしれない。エイプリルフールなんて関係なくて、子どもさんの本音かもしれない。何が本当で何が嘘か虚構かもしれない短歌の世界。でも、短歌を詠んだ時点でどこかに必ず嘘が混じりますよね。二首目。冬の蝶とはいかにも弱々しく、すぐに死んでしまいそうな嘘なのでしょうか。そもそも冬に蝶っているんでしょうか。と考えると比喩がすばらしい。ポカリスエットの白さの「ぼんやり」も紗がかかっていて、現実から離れている世界のようです。三首目。兼題から、その掛け軸には「嘘」と書かれているのだろうと推測しますが、「かするる」と「ふとぶとと」は相反する状態だと思いますが、そのかすれた文字が太い縄となって縛るのでしょうか。 嘘という言葉に縛られているのだとしたら、何を信じていいのかわからない。四首目。真冬に新茶ですと出されたような心境でしょうか。料理を前にして思わず出たつぶやきをそのまま歌にしたような臨場感があります。「嘘こけ」という俗語がテンポある歌にしています。
最後に自由詠から高得点の歌を紹介します。

私だけ常識はずれサーモンが鮭だと知った日もそうだった  有田里絵
失ったはずの鰓が動きだすまふゆまよなかバスタブの底  小川ちとせ
新聞にくるまれていて性別がわからないほど小さな夜明け  雀來豆
ペンギンも恐竜も鳥 僕たちは魚を焼いて食べるのが好き  杉田抱僕
                           (ふらみらり/記)


[PR]

# by kaban-west | 2018-02-01 15:12 | 歌会報告