2012年 07月 06日
[平成二十四年六月かばん関西オンライン歌会記] [参加者]雨宮司、有田里絵、ガク(ゲスト)、黒路よしひろ(ゲスト)、塩谷風月(レ・パピエシアンⅡ)、十谷あとり(日月)、月下桜(コスモス)、蔦きうい(玲瓏)、冨家弘子(ゲスト)、三澤達世、山下一路 今回の兼題は「緑」。梅雨時の優しい雨を受けて次々に葉を広げる木々のように、新緑の季節にふさわしいたくさんの「緑」が集まりました。 以下に、寄せられた短歌と歌会でのやり取りを簡単に紹介してみたいと思います。 ■兼題の部「緑」 ・みぞおちにみどりの蝶が飛んできて一瞬にして欅(けやき)になりぬ 月下 桜 みぞおちにみどりの蝶が飛んできてとまった瞬間、作者自身が欅へと変わってしまったのだろうか。 下の句の少し説明不足で性急な表現に情景が像を結びにくいなど、歌意を上手く読み取れない参加者がいた反面、迷いのない動きの表現とみずみずしい色彩感にどきっとした。 人体のかなめでもあるみぞおちをみどりの蝶に押さえられて緑に染められていくような感覚。すっと伸びた欅の樹形も人体の変化した形として納得される。などの好意的な評も多かった。 また、蝶を驚かせないようにそっと立っている自然なおもいやりが感じられる。との読みもあり、一首の歌に皆で向き合うことで少しずつ見えてくる歌の本質に、歌会の魅力をあらためて感じさせられた。 ・ 逃げ道が樹海のようにひろがった早朝会議のフローチャート図 山下一路 早朝会議の緊張感、もしくは気だるさの中でフローチャート図の中に逃げ道を見つけた作者。 リスク回避の為のフローチャート上の逃げ道と会議の論戦の逃げ道がおそらく二重映しになっているのだろう。など、そんな作者の姿に共感した意見が多く寄せられた。 逃げ道が樹海という比喩に対する疑問もあったが、逆に、逃げ道の先に樹海(=迷い込んだら出られなくなる場所のイ メージ)がひろがるという取り合わせが新鮮だ。下句も手応えのある 具体が出ていて好ましく思える。などの評も。 なんだか現実からの逃避を求める作者の願望が見せた錯覚のようでもあり、どこまでも面白さの続く一首だ。 ・水滴を留めしづもる緑あり歩まぬものにもやさしい雨は 塩谷風月 静かに降り注ぎ万物に恵みをもたらせてくれる雨… そんな万緑と雨へのやさしいまなざしを感じる。作者の視線が停止した「緑」の位置から広がる叙心。すこし安易ではありながら題詠として好ましい。などの好意的な評を得た一首。 「やさしい」という安易な表現や「歩まぬもの」が何を指すのか曖昧であることへの違和感や疑問を指摘する声もあったが、雨のつめたさやうっとうしさを受け入れている緑に「歩む」ことのできない自分を重ね合わせているのだとの読みもあり、参加者の評を読み進めるうちに自分一人では辿りつけなったこの歌の中心に少しずつ近づいてゆくような感覚をたしかに覚えた。 ・ 「お弁当ぜんぶ食べたよ」ふたの裏グリーンピースくっついてます 有田里絵 幼稚園から帰った子が自慢げにお弁当箱を差し出す姿が目に浮かんでくるようで、そんな母子の微笑ましい姿が多くの共感を呼んだ。 「グリンピース」が絶妙。視線に愛情がある。などの評価と共に、どうもこういうシチュエーションに弱い。など、理屈を抜きにした愛情を評価した人も多かったようだ。 反面、雰囲気はわかるが下句の助詞の少なさが気になると指摘する意見も。 また、この豆粒こそがんばって食べきったこどもを見届けた証人なのだ。との感想もあり、子を持つ母親の温かな視点をあらためて感じさせられた一首だ。 ・緑のと言うには早い田園に電車の影が風を映せり 雨宮司 早苗の植えられたばかりの田んぼに、吹き抜ける風と電車の影が美しい言葉で表現された一首。 素朴な景色を丁寧に見せてくれる紀行番組のようだ。夏の風を電車で表現する感性に参った。など、下の句の表現の美しさや雰囲気を評価する意見も多かったが、逆にこの部分の意味が分かりにくいとする指摘もいくつかあった。 また、この作者自身が気づかない作者らしさがそこにある。この歌に関してはもう言葉は必要ないだろう。との高い評価を与える参加者もいて、歌会終了後も話題に上る魅力ある一首となったようだ。 ・新緑の匂いを風が運びきて君に抱かれている僕がいる 黒路よしひろ 不肖、黒路が提出した一首。 さわやかなせつなさを感じる。ふわあっとやわらかな風が吹いて着地したような気持ちのいい流れだ。などのあたたかい意見があった一方で、短歌に具体性がなく上澄みだけを飲んでいる感じだ。喩を使うとかもっと具体的な行為だけをクローズアップするとか方法を工夫できるはず。など、表面的な言葉の力に頼りすぎとの指摘もいただいた。 正直なところ今回のこの歌はイメージが上手くまとまらず、締め切り直前に「君」と「僕」を入れ換えてしまうなど納得しないままの提出だったが、そんな自分自身が納得していない歌には票は入らないという当然の結果を見せられて、かばん関西の参加者の読みへの信頼が益々増したのでした。 ・緑色を青信号と呼ぶ国に立っていること生きてゆくこと ガク 生きてゆくことの意味に真摯に向き合う若者の姿が感じられて好意的な評が集まった。 「青信号」という些細な視点と「国」という大きな空間の設定がアンバランスを生み、ひいては不安定な心情をかもし出すことに成功している。テーマの中心は「生きていくこと」であり、その不安定さを初~四句までの卓抜な比喩で表現した傑作中の傑作である。との高い評価も。 その反面、緑から青への変換に対しての作者の感慨がいまひとつはっきりせず、下の句が生きてこないとの指摘もあった。 他にも、人がひとり「立っている」そこに「生きてゆく」という意思があるのだ。この歌は忘れないでおこうと思う。との感想もあり、歌会終了後も読み手の心に深く残る一首となったようだ。 ・新妻に兆すとまどい玻璃鉢のバジルソースに指はのたうつ 蔦きうい 「指がのたうつ」という表現がまるで新妻自身がのたうっているようにも感じられて、どこまでも妄想を引き立ててくれるような歌だ。 涼やかな小道具との対比が鮮やかなだけに、揺れる女心の元凶をつかみたい気がする。 「新妻」「指はのたうつ」というところから来るエロティシズムが、「玻璃鉢のバジルソース」(←ここすごく語呂がいい)のハーブの匂いでいい具合に中和されているように感じた。 など、この歌の持つ色彩や言葉の美しさを評価する一方、「新妻」「玻璃鉢」「バジルソース」と具体的かつ強度のある名詞にゆだねる部分が多く、作者が歌のキモをどこに置きたいのか読みが散ってしまうような気がする。との指摘も。 ・男来て告別式の看板を葉桜の幹にくくり去りたり 十谷あとり 告別式の看板が暗示する人の死と若々しい葉桜の対比が絶妙で高得点を獲得した一首。 告別式の看板を見たときの、ドキッとしてしまう心の動きが核となっている。本来最も人間的な儀式であるはずの死がいつの間にかビジネスライク、システマチックになってしまっている現代を改めて知らされる。など、この歌のモチーフが持つイメージからさまざまな想像を掻き立てられた参加者が多かったようだ。 一方で、言いたい内容は言いおおせているのに妙に記憶に残りづらい。当たり前の事を焦点を結ばないまま詠んでいる気がする。などの指摘もあった。 ・六月の色は濃緑くちなしの葉に浮かび来るあきらめ親し 冨家弘子 くちなしの葉の緑濃い時期、過去にあきらめざるを得なかった出来事があったのかも。あきらめた苦さを静かに受容している気配がする。など、結句の表現から読み手の中でさまざまな想像が広がり好感を得たようだ。 ちょうどクチナシの花が咲き始める頃でもあり、花を咲かせる為に葉が支払う見えない労力や犠牲に思いを馳せた。との感想もあった。 また、濃緑 ( こみどり)という言葉ひとつで歌の魅力が何倍にも増している。との高い評価を与える意見があった一方、逆にこの部分の語感がそぐわない気がするとの意見や、結句の「親し」はちょっと唐突で取って付けたような違和感を感じるとの指摘もあった。 ここまで、謙題『緑』に寄せられた短歌とコメントの紹介でした。 つづいて自由詠の高得点歌もいくつか紹介しておきたいと思います。 ■自由詠高得点歌 ・ 道に拾ふ梅の実ひとつ梅の木のをぐらき家の門柱に載す 十谷あとり ・ 漬物の塩気はぎゅっと沁みわたり体にもまた夏は来にけり 三澤達世 ・ 湯気たてて中国紅茶そそぐとき散る鳥のごと茶葉の叫びし 冨家弘子 ・ 地図のごといりくんでいる生姜らが数字書かれて市場に並ぶ 月下 桜 自由詠にも謙題に劣らない素敵な歌が寄せられて、多くのコメントで盛り上がりました。 以上、かばん関西六月のオンライン歌会報告記です。 今回は山下一路さまが、かばん関西に初参加してくださいました。 かばん関西では関西在住にかかわらず、短歌を愛するみなさまのご参加をお待ちしております。 興味のある方は、かばん関西ML係までぜひご連絡ください。 (黒路よしひろ:記)
by kaban-west
| 2012-07-06 20:37
| 歌会報告
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