かばん関西歌会

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2017年 06月 10日

2017年5月 奈良歌会記

かばん関西 五月奈良歌会記
            
【日時】二〇一七年五月二十八日(日曜日)午後一時から五時まで
【会場】奈良県文化会館 集会室C

【出席者】
雨宮司、新井蜜(塔)、有田里絵、黒路よしひろ(ゲスト)、佐藤元紀、雀來豆(未来)、十谷あとり(日月)、福島直広
*表記なしはかばん正会員。

 今回の会場は奈良県文化会館。観光地の真ん中にあり、奈良公園に隣接しています。周辺は観光客増加の一途をたどっており、また修学旅行生も多い時期でしたが、建物に一歩入ればとても静かでした。
参加者は各自二首詠草を持参し、現地にてA4用紙に寄せ書きして詠草一覧を作成しました。味わい深い手書きの詠草一覧ができあがり、お会いした実感が沸く歌会となりました。
 それでは、掲載順に紹介します。

極楽坊の瓦はつかにうちしめるにほひのあをに夏こそ來れ  佐藤元紀

極楽坊とは奈良市の元興寺のことです。初夏の爽やかさが広がります。「はつかにうちしめる」は、「僅かに湿る」という意味で使われていますが、瓦の硬さから連想して「締める」と読み、瓦が引き締められる様子だと読む人もいました。「にほひ」は嗅覚だけではなく、視覚や、光の加減を表す場合もあり、作者は嗅覚と視覚両方に対して使うそうです。奈良での歌会ということで自然に「青丹よし」も連想でき、詠草一覧の冒頭にぴったりの歌でした。


踏まれつつながくふりたる甃【しきいし】よ つつしましめよひとのことばを  十谷あとり
この「甃」という漢字にすーっと惹きつけられてしまう歌です。三好達治『測量船』(第一書房、一九三十年、のち講談社文芸文庫)に収められている「甃のうへ」の最後の一行に使われています。作者の大好きな漢字だそうです。内容に共感するという意見や、「つつ」と「ふりたる」の語によって時間の経過はじゅうぶん伝わるため「ながく」は不要ではという意見がありました。それにしても、お参りに来た人にとって、大勢の人のおしゃべりはしんどいものですね。ああ石よ、何とかして!と言いたくなる気持ち、わかります。


苦艾【にがよもぎ】燃え墜ちてくるこの朝の庭すみに薔薇あかく咲きたり  新井蜜

不安な気持ちをかき立てる一首です。緑と赤は反対色の関係であり、赤信号の赤でもあり、不吉な予感が提示されています。参加者は、聖書の黙示録、原発、北朝鮮のミサイルなどを想像しました。「庭すみ」という言葉については、庭の隅だと分かるもののこの語が存在するのか不明だという指摘、「庭先」では趣が異なってくるためこの表現にしたのではないか等の意見が出ました。


裏路地に原田知世が佇めば時間旅行の入口のよう  雀來豆

実は今回持参の二首は連作なのです、と前置きしつつ書き込んでいらした歌です。路地裏ではなく「裏路地」にすることで通常世界と異世界の境目を示しているという読みがありました。現実ではないものを描いているが不気味さはなく、原田知世効果による柔らかさやカジュアルさも感じられる歌であるという声がありました。一方、最後の「よう」が歌全体を口語に寄せすぎてしまって、印象が甘くなっているのではないかという意見もありました。


イヤホンを共有したらそれ以上つながることを望まなくなれ  有田里絵

電車内のリア充高校生を見ている第三者を想像する人が大半でした。歌の意味は特別難しくないのに考え込んでしまう歌だという意見や、「共有」と「つながる」に重複がある、「つながる」にインパクトがあるが最後の「なれ」が歌意をわかりにくくしているという指摘もありました。種明かしをしないと歌の真意が伝わりにくい歌だと筆者も感じました。

超ベリーヤバいよやばいチョベリヤバ!長屋王死んじゃったって、  黒路よしひろ

仮想現実にはまりすぎである、文字数をこの話し言葉に使い切ってしまって良いのか、という意見がありました。当時の庶民の感覚を想像すれば、本当に驚いてどうすればいいかわからないほどのことが起きたのだろうという声もありました。


シリカゲル茶筒の中へシリカゲルおかきの袋からシリカゲル  福島直広

独特のオノマトペやカタカナでいつも和ませてくれる作者の歌です。歌意は素直で、おかきの袋から出てきたシリカゲルを、茶筒の中へ入れて再利用しているという意味です。「シリカゲル」という音のおもしろさに助けられて、三十一音の中に三回同じ言葉を使っているにもかかわらずしつこさを感じません。音読しているうちに「尻」「翳る」「嗅げる」という言葉を見つけて、参加者一同から笑いが起きました。


気のせいさきっと上手くやれるって楽しむも一期【いちご】悔やむも一期【いちご】  雨宮司

励ましているようで結局はそうでもないという否定的な読みと、「一期の夢」という言葉のようにどちらにしても一時のことだからとりあえずやってみようと言っているのではという読みがありました。二句目が字足らずになっていてもあまり気にならないのは、「きっと」と「やれるって」の小さい「つ」があると一気に上の句を読み終わるからでしょうか。


昨晩の豪雨に濁る木津川の堤を白きパラソルがゆく  新井蜜

奈良と京都の境目を流れる木津川の茶色い濁流と白い傘の対比が鮮やかです。「白きパラソル」は創作に思えるという声も複数ありました。また、「白き」の「き」があることで歌全体に落ち着きが生まれ、文語の良さを感じられるという意見がありました。歌の中で文語が表に出ているのはこの一文字だけです。筆者は文法への不安から文語や旧かなづかいを使ったことはほとんどありませんが、一文字だけなら使えるかもしれませんね。とても参考になりました。


この雨で今年も終わりだな桜去年もそんなこと言ってたな  福島直広

上の句はやや違和感のある語順に見えます。「今年も桜終わりだな」としない理由は「今年も終わり」をひとつなぎにしたい気持ちがメインだからではないかという読みがありました。毎年繰り返す叙情が浮かんできます。


明日知らねけふいちめんのつやみどりおまへにそそぐ風とならばや  佐藤元紀

 「つやみどり」や「そそぐ」が印象的で、旧かなづかいならではの力強さがあります。「そそぐ風」がまっすぐで、すっきりした読後感を与えています。「つやみどり」は、初夏のつややかな緑を意味して使われていますが、「つや」と「みどり」であって、「つやみどり」という語はないようです。ちなみに「つやみどり」を検索すると、胡瓜の品種名や煎茶の商品名として存在していました。


阿修羅像はだれでもトイレ使いそう少年だとは決めつけないで  有田里絵

「だれでもトイレ」の認知度を試したくて括弧をつけずに提出してしまいました。阿修羅像との取り合わせがおもしろいという意見や、このモチーフに気づいたのだからもっとはじけても良いという意見がありました。


リリカリリカ飲み込む水の冷たさに茅花の群れが騒ぐ草原  黒路よしひろ

今回の最高得点歌です。字余りながら軽やかな初句に惹かれます。この「リリカ」とは何かという点に意見が集中しました。思い出の花の名前、女性の名前、冷水を飲み込む音を表現した擬音では等、いろいろな意見が出ました。腰痛に難儀している作者によると、リリカは鎮痛剤の名称だそうですが、読み手に花や女性の名前を想像させるかもしれないと考えて使ってみたとのことで、狙いどおりの効果を上げました。


何故なのか殺人ばかり起きる町 どうしてだろう。ねえ、ミス・マープル  雨宮司

ミス・マープルはアガサ・クリスティ作の推理小説に登場する年配の女性です。江戸川コナンや名探偵ポワロでは違った雰囲気になるという意見がありました。すんなり流れてしまうため上の句で粘ってほしいという声もありました。


話そうとわたしが言えば未来とはいつのことかとあなたは訊いた  雀來豆

「わたし」と「あなた」との関係性や食い違いを想像しますが、歌の本旨は下の句の「未来とはいつのことか」にあるという読みがありました。哲学的な問いを読者にも投げかけているようです。「訊」の漢字が強い印象を残します。「わたし」は男性で「あなた」は女性であるという読みをした人が多数派でした。


はつなつの楓の影の日の斑ちひさくわらふごとく揺れをり  十谷あとり

「ちひさくわらふ」が自然界の微笑を想起させてくれる、とてもやさしい歌です。その点への評価が高かった一方、「揺れおり」を足してしまうのはもったいなく感じるという意見もありました。「影」には、姿、陰、明るさなどの意味があり、この歌の中ではどれも当てはまりそうです。

(有田里絵/記)


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by kaban-west | 2017-06-10 14:07 | 歌会報告


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