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かばん関西歌会

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2025年 04月 06日

弥生歌会報告

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かばん関西 弥生歌会記
             
とき  ・・・ 令和七年三月二十三日(日曜日)午後一時から五時
ところ ・・・ 大阪市立生涯学習センター梅田 第八研修室

◆参加者
雨宮司、小川ちとせ、久保茂樹、雀來豆(所属なし)、十谷あとり(所属なし・詠草のみ)、蔦きうい(所属なし)、千葉弓子(詠草のみ)、雛河麦、坊真由美(心の花)、渡邊千歳(詠草のみ)、有田里絵
以上の十一名です。筆名の後に特記事項のない方は、かばん正会員です。

◆兼題 ・・・ 「歩」詠み込み指定なしです。

10.5センチの靴を絨毯に投げて笑った散歩にいこう            渡邊千歳

 この歌は、今回最も読み方が分かれた歌です。
「靴を投げる、笑う、散歩に行く、と三つの動詞が使われていますね。主語は誰だと思われますか?」
という問いかけが為されました。
「小さい子かなあ。でも、土足の靴を、家の中で、・・・しかも絨毯でしょう、リビングまで持ってきて投げることがあるんかなあと、疑問に思ったんですけどねえ」
「私が思うに、これはファーストシューズという種類のもので、まだ自力で歩けない赤ちゃんの足の保護のための靴です。だから、道路上を直接歩いた靴ではないので、絨毯の上に出ているということもあり得ます。でも、その月齢の赤ちゃんだとしたら、手で掴むことはできても、放り投げる動作まではできないんじゃないかなあ。ぎゅっとにぎることはできても、投げるのって、身体能力が発達しないとできないから。だから、『投げる』と『笑う』の主語はお母さんかな」
「私も、お母さんだと思いますね。あー、もういいか、やることあるけど散歩に行っちゃえ!というやけっぱちな台詞で終わらせている。でも、暗い印象はないですね」
「親子ともども笑ってしまったと受け取りました」
 
ここで、席を見渡しつつ、控えめに手を挙げる参加者がいました。
「あの、私、ぜんっぜん違う読みをしていたんです。私、この10・5センチというのはヒールのことだと思っていて」
「あ、私もそう捉えてました!ハイヒールの高さのこと、って。ただ、10じゃなくて10.5でしょう。0.5刻みで表示されるヒールって、実際あるものなんかなあ、作者に何か意図があるんかなあって、そこは分からないなと思ってるんですけど」
「そうそう、小数点は分からないですね。でも、とにかくけっこうすてきな、それこそお高めのラグジュアリーブランドの靴を、もう!って感じで投げつけてるのかな、って想像してました」
参加者はそれぞれ意外そうな顔をしていました。
例えば、ジミーチュウのエナメルのパンプスを、笑顔で、絨毯に放り投げる・・・、ちょっと怖いような、退廃的な印象で、主体は大人の女性に固まりそうです。しかし、もし恋人が残していった靴を男性が目にしている、という状況であれば、シンデレラのごとき想像も成立しますね。いろいろ思いを巡らせることができます。
「えー、ハイヒール!それは思いつかなかった!」
「男は、履かないから知らないわ」←一同苦笑い
今回、これをハイヒールだと読んだのは二人で、たまたま二人とも女性でした。同じ歌に触れているのに自分とは全く受け止め方が違う人もいます。別の考えを知ると、はっとします。おそらく今まで読み流して気づかずにいたことも、たくさんあるのだろうと思われてきます。短歌に限らず、日々の暮らしの中で素通りしていることはけっこう多いんだろう、と。

ところで、作者にとって、この現象はいかがでしょうか。筆者の考えを述べると、ともかく自分の想定した辞書的意味合いが読者へ伝わることを目指して、作歌に取り掛かります。なぜなら、「読み方に広がりがあること」と、「受け止め方の芯が一本にならない」ということは、イコールだとは言えないと考えているからです。ところが、ごちゃごちゃ詰め込みすぎると読みにくくなりますし、情報が少なすぎると不明瞭になってしまいます。この匙加減の難しさ!

歩きつつ少し話して別れけり月末に職を離るる人と            十谷あとり

右の歌の中での事実とは、「月末に退職する人と並んで話しながら歩き、その後、別々の方向へ行った」という内容です。それは読者に伝わっていました。
「職場から最寄り駅まで一緒に帰ったんでしょうね。でも、話したのは、退職も仕事も関係なく、たわいもない雑談だった」
「特に親しいわけではない。かといって苦手な人ではない、という関係」
「その人がどんな理由で退職するか、本人から聞いたわけではなくて、別の人から『良くないことがあったらしいよ』って知らされていた」
「旧仮名づかいの所以だけれど、『別れけり』の『けり』は、やや強い印象を受ける」
これらは、共通認識の先にある個人の読みの部分です。とはいえ、どの意見にも参加者は頷いていました。もしかすると、歌の中では明かされていないトピックが他にもあるのかもしれません。一首の中で全てのカードを切るのも、そうしないのも、作者の自由です。考え出すと、自分の意識の奥底を掘って蟻の巣ができていくような感覚になります。なんとも不思議です。そして、私にとっては、ちょっと贅沢な感覚です。

 以下、他の歌を順不同にて掲載いたします。

ずいぶんとちいさくなったな母の背を見下ろす遊歩道の段差に       千葉弓子
情けないもう歩けないとこぼすのかこの年寄りの歩みを見てろ        雨宮司
不揃いなハンコの歩みが愛おしいポイントカード一枚だけに         雛河麦

歩けないわたしと歩かない犬を冬の星座は迎えに来ない          坊真由美

街はまるでムーンウォークでマイケルでごったがえしで春の雪ふる      雀來豆
★ 自由詠
撫で肩のいしだあゆみは黒船屋の女となりぬ声は知らねど         有田里絵
紅梅のスズメうるさし ひととせのいのちと聞かばうるさきはかなし    久保茂樹
長袖を物干し竿に巻きつけて訪問記録をのこす春風             雛河麦
まめむけば豆むく指先ほろほろと豆のみどりに含まれてゆく       小川ちとせ
退嬰こそ小ぐらいエロスと匂わせた川上弘美のざつなたいえい        蔦きうい
三月の半ばというのに寒いとは今年の春は歩みが遅い             雨宮司
これなる文の続き読みたしを「お父さんは自転車になつてしまひました」 十谷あとり

うまれたひ青い大きな犬が来てこれからをずっとおんおんと泣く      千葉弓子



                             (有田里絵/記)



by kaban-west | 2025-04-06 23:11 | 歌会報告


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