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かばん関西歌会

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2025年 06月 07日

皐月歌会報告

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かばん関西皐月歌会記          
                 
とき ・・・ 令和七年五月二十五日(日曜日)午後一時から五時
ところ ・・・ 大阪市立あべの学習センター 和室

◆参加者
雨宮司、大中博篤(所属なし)、雀來豆(所属なし)、十谷あとり(所属なし)、州崎悦代(所属なし)、蔦きうい(所属なし)、千葉弓子、雛河麦、渡邊千歳、有田里絵

以上の十名のうち、詠草のみの参加者は千葉さんと渡辺さんです。筆名の後に特記事項のない方は、かばん正会員です。近年の関西歌会では、今回のようにかばん以外の方のほうが多いこともしばしばですが、歌会が始まるとそのことは忘れてしまいます。短歌の話をするために人々が集まっている。それだけで連帯感を得られるからです。

◆歌会の流れ
参加費をいただく → 詠草一覧と選歌用紙を配布 → 披講 → 各自で兼題と自由詠からそれぞれ三首ずつ選ぶ → 十谷さんにより集計 → 十谷さんの司会進行により読み進める → 作者名一覧を配布 → 翌日、有田が選歌結果を配信
 
 披講とは、ひととおりその日の短歌作品を音読することです。当日の席上でどなたかにお願いしています。日常生活の中で声に出して読む機会は意外と少ないものですから、勉強になります。それに、自作の短歌が他者によって読み上げられるのは、ちょっと緊張しますが嬉しいものです。また、もし勘違いや思い込みで音を誤読していたとしたら(初見ではけっこうあります)、その場で修正できます。同時に、披講は問題提起の場になることもあります。例えば「朝」という漢字があった場合、「あさ」と読むのが正しいのか、それとも「あした」なのかは、文字数が合うという根拠だけでは必ずしも判定できません。読者としては、その読み方が作者の意図と合致するかどうかを考える必要があります。作者としては、あえてルビをつけずに提出し、自分の作品がルビを含めて正しく伝わるかどうかを確かめることもできる、ということです。

 今回の詠草一覧をご覧ください。
                
◆兼題「雨上がり」 ・・・ 詠み込み指定はなしです。

雨上がり次第に明るくなる街で木々は今なお涙を抱えて       雛河麦

雨ざらしのツバメ號わたしはこの夏を自転車に捧げようと思う    雀來豆

「清々しいですね、勢いがある」
「フェチですね、これは。捧げるんですから」
いろいろ言いつつも、参加者は総じて爽やかさを受け取っていました。「號」の漢字が視覚的にも端正で、ツバメの印象にもぴったりです。諸事情でしばらく放置してしまった自転車に対面している構図が、すぐに思い浮かびます。
「敢えて、機が熟すまで溜めていたのでは」という意見もありました。

死ぬまでに聞く土砂降りの回数が一回減って外は朝焼け       渡邊千歳

「土砂降りは良くないことの象徴で、朝焼けは逆に良いことの象徴。だから、構造としては四句目までが不幸、結句だけが幸福になっていて、その幸福を軽く終わらせているバランス感覚が良いと感じます」
「うーん、土砂降りって良くないことでしょうか?」←この後、ものすごい悪天候には気分を高揚させる面もあるのでは、という補足があり、稲光の好きな筆者は共感しました。
「それなら、死ぬまでに受け取れる楽しみの総数がひとつ減った、という歌意になりますね」
「起き抜けの時間って、生死の境い目に通じるところがあると思うので、朝の早い時間と死が結びついた歌になったのかなと思いました」

レジへ出すBL漫画に「グッチョイス」店主がつぶやき雨過の紫(し)の盈(えい)   蔦きうい

雨あがり 膨らみ黒くつややかな 土から漂ううれしい!との香    州崎悦代

「素直な、全てが土のための歌。二回目の一字空けは、なくても問題なさそう」←「つややかな」がかかるのは土ですから、これは賛成です。
「その点も分かった上で、作者なりのリズムを作りたい意図があるのかもしれない」
「自宅の花壇や週末に通う家庭菜園のような、温かみのある場所を想像しました」

雨上がり慣れてる象を拭きながら(虹が昇ってくるのを待った)    大中博篤

 まず、主語がどんな存在かを考えると、現実なら生身の象を拭ける立場の人だから飼育員で、ファンタジーとして読み解くなら一般的な作中主体になるだろう、という意見に落ち着きました。
「慣れてる、ってよく分からないですね。何に慣れている?」
「雨に慣れているのか、飼育員さんか、彼に拭かれることに対して、でしょうか」
「それに、象は動物だから、飼い馴らすの馴という字も連想されますよね」
席上で有力な候補は出ず、括弧の使い方についても作者の意図に辿り着けませんでした。
「象なんて大きなものを扱ってるけど、すごく奥ゆかしい人なんじゃないの」←一同笑い
ここまでの意見を合わせると、全体としてこの歌はファンタジーだとして捉えるほうが読みやすいと感じました。歌会終了前、作者から「実は『濡れてる』のつもりだった」との種明かしがありましたが、それでも「慣れてるのほうがいいなあ」と述べる人もいました。

ワゴン車に眠るをとこを閉ぢこめて雨後の路上に樟の花降る     十谷あとり

ひと晩を共に過ごした傘を干し歩きに行こう川の澄むまで       有田里絵

青嵐が雨後の梢の雫落とす森はかすかに騒がしくなる         雨宮司

みさとさんからみさとくんに変わりたるひとの傘に虹が眩い     千葉弓子

「性転換の歌だと読みました。虹はジェンダーの話題にいつも出てくるし」
つまり、カミングアウトしたみさとくんを見守っている歌ということになります。数人が頷いていました。
「この『みさと』って絶妙ですよね。苗字にも下の名前にもありますから」
「エヴァンゲリオンとか」
 ひとしきり笑った後で、挙手がありました。
「私は、人と人との関係性が変わったという意味の歌だと思いました」
この歌の舞台は学校。みんなの前では男女関係なく誰でも苗字の後に「さん」をつけて呼ぶのが普通だけれど、恋人に発展したから、二人だけでいるときは「くん」と呼べる間柄になった、という意見でした。どの読み方においても、主体は「みさとくん」に対して好意的な立場にいると捉える方向性は共通していました。

◆自由詠

古書店でなだめた雨が鉄塔もきのふのをとこも連れてみなみへ     蔦きうい

口臭が残る餃子は食えないともやし炒めと中ライス頼む        雨宮司

摩耗する私があり、夕焼けの緋があなたを抱きしめている       大中博篤

エッホ エッホ 運ばなきゃ重い荷物を岬へと生きてた頃は軽かりし妹(いも)  千葉弓子

指示待ちの機械となりてごく遅く膝の曲げ伸ばしなど試みる      有田里絵

ワオキツネザルの輪が落ちてゆくようだ夫の名字で呼ばれるたびに   渡邊千歳

停留所と呼ばなくなってもバスはこの短い時間で空を見上げる     雛河麦

近づきて見つはつなつの谷町の寺にジャカランダとををに咲けば    十谷あとり

惑ふときエメラルドハチドリのまだ行つたことなき場所を思へり    雀來豆

「エメラルドハチドリって、南米の鳥というイメージです。そのハチドリが今いる場所ではなくて、更に、行ったことが『ない』場所、というのがいいなと思いました」
「誰にでも未経験のことがある、という意味かも」← これは、井の中の蛙に近い意味合いで、自分の周りに見えているのは結局のところ狭い世界であって、まだまだ知らないことがあるのだ、と述べたい歌なのではないか、という意見でした。「惑ふとき」は不惑のことを指すとも受け取れるため、説得力がありました。ハチドリは、自分が普段暮らす生息地のことしか知らないということ自体を自覚していません。小さな体で、ただ目の前の生に忠実に羽ばたいている姿を想像すると、筆者には、それはそれで美しいものだと思われました。

 今回は、十二畳の和室に、座布団と長机を並べての歌会でした。かなり古い設備でしたが、静かでリラックスできました。ゆったりと時間いっぱい短歌について語り合う歌会を、今後も続けてまいります。

                                 有田里絵/記


by kaban-west | 2025-06-07 22:52 | 歌会報告


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