かばん関西歌会

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2016年 10月 07日

7月高槻吟行報告

かばん関西七夕高槻歌会
二〇一六年七月三日(日曜日)
於 高槻市立芥川公民館
【参加者】(当日参加者)雨宮司、新井蜜(かばん/塔)、有田里絵、黒路よしひろ、佐藤元紀、雀來豆(ゲスト)、とみいえひろこ、浜田えみな(購読)、福島直広、ふらみらり、ぱん子(未來)
(詠草のみ参加者)泳二(ゲスト)、十谷あとり(日月)、杉田抱僕(ゲスト)、足田久夢(購読、玲瓏)、ミカヅキカゲリ

 お題「願い」をもとに、歌会を行いました。歌会のあとは芥川までみんなで歩きました。
 当日の高得点歌はこちら。

アゲハチョウ早く孵れと願う子の静かに光る歯の矯正具  雀來豆
ひかるくしくらげおどりを見てみたい月の触手もぐねぐねとして  足田久夢
駅ビルの地下の三脚スツールと占いを待つ女が赤い  福島直広
何ねがふなくて見上ぐる夏至の空 朝、あたりまへのやうにあかるし  十谷あとり

 その他、今回は作者による自作の説明の時間、短歌あれこれについて話す時間などもとりました。

ささやかな願いはたったひとつだけ一冊だけでも本を出したい  雨宮司
蒼ざめる牝鹿の群れを打ち捨てて駆け落ちしたい目覚めよアリス  新井蜜
講堂のグランドピアノ開くとき青海を見る十五歳たれ  有田里絵
七夕の夜はむやみに雨雲を見上げぬようにお願いします  泳二
隙あらば自分語りを始め出す花鶏【あとり】よ今日も良き一日であれ  黒路よしひろ
梅雨空に葡萄しづかにみのりつつ怒りより瞑りそして明日あれ  佐藤元紀
幸福でありますようにここじゃない場所でも僕は気づけなくても  杉田抱僕
願いごと交換し合う夜の子らあなたのくるしみはあたたかい  とみいえひろこ
癒えてなお忘れたころに疼きだす古傷みたいな願いがひとつ  浜田えみな
炭酸の泡は消えゆくわる者が求めた愛や愛や愛のごと  ぱん子
願望が枯渇したときそれはもう死んでるんだよ ハラミほおばり  ふらみらり
 いなどもはや持てずに天の川ちいさき我を夜空に放つ  ミカヅキカゲリ

(記/とみいえひろこ)

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# by kaban-west | 2016-10-07 08:58 | 歌会報告
2016年 07月 16日

6月歌会報告

二〇一六年六月かばん関西オンライン歌会記

【参加者】 雨宮 司、新井蜜(かばん/塔)、有田里絵、岩井曜、うなはら紅(購読)、うにがわえりも、泳二(ゲスト)、黒路よしひろ(ゲスト)、佐藤元紀、雀來豆(未來)、杉田抱僕(ゲスト)、足田久夢(玲瓏/購読)、土井礼一郎、とみいえひろこ、ぱん子(未來)、福島直広、ふらみらり、ミカヅキカゲリ、村本希理子(計十九名)
※所属表記なしは「かばん」正会員。

 新暦六月、とみいえさんから出された題は「梅」または「雨」。梅雨のころほひ、各人の出詠が楽しみを増した。
 偖、歌会の妙の一つは一首に正面から向き合つて提示される読みに、自分の読みや感覚、価値観などが揺さぶられるところにあると思ふ。歌集評などに時として見られる、大上段にふりかぶつた自分の見解を前面に出してそれに一首を遵はせるやうな弊はそこでは自然と淘汰される。今回は三首選といふ厳しい選歌ゆゑに、コメントに各自の選歌眼がより明示されたやうに見えた。
 以下、兼題の部の歌を取り上げる。


聞き取れぬ言葉ぽとぽと溜まりゆくまた弱くなるボサノバは雨
有田里絵
東京のすきますきまへ流れこむ雨水はさみしき群衆として
                         土井礼一郎
カーナビを無視し進みぬ霧雨につつまれひかる工場のあれば
           ぱん子
梅の実を母に見せんと摘みしのち午睡覚むればうつろな右手
岩井曜


 高評価の四首。一首目は結句に共感と高評価が集中した。その言ひ切りの見事さ、雨を「言葉」そのものと感じとり他の言葉との続け柄を賞賛した読み、ボサノバのリズムが既に雨だとする読みなどが提示され、ジョビン「三月の雨」や「ゲッツ/ジルべルト」の名前も挙がり、一首の深さを際立たせてゐた。二首目の「雨水」は「うすい」。こちらは「すきますきま」が読みの鑰となつた。東京の「すきますきま」に流れてゆく雨水と群衆との喩の関係に、切なさや使はれてゐる人々の姿と都市の人々の孤独を感じる評が並んだ。三首目の「工場」は「こうば」。主体の心象にも言及する「カーナビを無視し進みぬ」の読みが一首の価値を高めたもの。この上二句がなければ唯の工場ラヴに過ぎないのだが、指示された道を無視した理由をどう読むかがコメントの場を盛り上げる。まさしく目指す場所だつたから、否々、カーナビなしでは進めぬ未知の土地で腰以降の工場に出会つてしまつたからだ、目的地ではないがその工場が余りに魅力的だつたからだ、等々。この工場の美しさが心に浮かんでくる。四首目は上句を夢の中として下句にその感覚が残つてゐる読みが出された一方、実際に子供が梅の実を摘んで、目覚めたらその梅がなくなつてゐたといふ読みも少なくなかつた。前者では「うつろな」に夢との繋がりを読み、後者では結句に実際の痛みを感じとつてゐる。実の毒を心配して母がそつととつた、梅も母も夢から覚めて消えてしまつた、などと梅の印象が香を漂はせんばかりの一首となつた。


雨ふれば昼澄みゆきぬ夏もまた幼き夏に戻りてひかる
    雀來豆
雨あがり何か忘れていたような夕焼けうわーうわーと鴉
    泳二
梅サワージョッキをつかむ指先は今の僕より雄弁だろう  
ふらみらり
回数券二枚ちぎって右左のれんを揺らす梅の湯デート
   福島直広
黒人はゆっくり歩く。落ち梅のにおう時間をくぼませ夜を
  とみいえひろこ
梅干しを食べてもご飯は赤いまま そういうものに僕もなりたい
                  杉田抱僕


 「ああこういう歌が読みたかったのよ」とのコメントが出された一首目。「こういう」は素直に読み下して納得できる、やさしい気持ちになる歌。梅雨前の暑さを初夏でなく「幼き夏」とした作者への賞賛もあつた。結句も併せ下句への評価が寄せられてゐた。二首目では「何か忘れていたような」への共感とともに「うわーうわー」のオノマトペへの評価が分かれた。面白い、結句がじわーと効いてくる、軽すぎる、やはらかすぎる、それだけ論議されるといふことはこの歌に魅力があるといふことだらう。三首目、ここでやつと二度目の梅。題に合せて梅サワーを出したことへの意見もあつたが、逆にそこに中途半端さ、可愛らしさを読んだり、醒めたやうな考察のリアルさを感じとつたりしたコメントも出された。四首目、三度目の梅(くどい!)は銭湯。前述の「梅サワー」とともに「梅」以外でも成立してしまふといふ指摘が出されたが、回数券に逢引する二人の関係の安定を読んだり、微笑ましく感じたり、情景への好感が多く寄せられてゐた。五首目はまづ「黒人」の一語に目が行きがちでそこでの賛否やとまどひもみられたが、「黒人」「落ち梅」「夜」の取り合せの珍しさ、コントラストを指摘したり、言ひ切りの潔さは評価する意見もあつた。黒人がゆつくり足下からの梅の香の夜を歩いてゆく様がにほひたつ。六首目の下句は宮澤賢治を想起させるが、「そういうもの」にあたる上句が様々に解釈されつつ確定しきれないところに、梅干しとご飯の赤が印象づけられる観があつた。


字が滲むナンバーを書くすぐ後に写経地獄か雨の業務は
  雨宮 司
嫉妬する聖母のやうに降る雨の、なぐさめなんかききたくないわ
    新井蜜
雨の降る前に伐らなくちや増殖するものに囲まれくるしいくるほしい
                       村本希理子
皺む空無数無念の色を吐く青野に走る雨の感情
  うなはら紅
雨漏りの音ききながら膝枕にて耳そうじ おやすみなさい
                うにがわえりも
飲みさしの濃茶の底に立つ浪のあやめもわかで俺の梅華皮
                           佐藤元紀


 今回久々に歌会に参加したのだが、これまでに取り上げた歌も含め、どの歌にも目を留める表現があることを強く実感した。勿論さういふものがなくてもいい歌もあるし、目が留まることが読みを止めてしまふ場合もあらうが、読み手が目に留まつた表現からその歌に入らうとすることはごく自然なことである。一首目の「雨の業務」の独特な雰囲気、二首目の「嫉妬する聖母」とスピード感たつぷりの下句、三首目の腰「伐らなくちや」と下句への種々の反応、四首目の「皺む空」「雨の感情」、五首目の「耳そうじ」からの想像の広がりなど、コメントせずにはゐられない歌が揃つたところに、今月の関西オンライン歌会の充実を視たやうにおもふ。最後の一首の「梅華皮」は「かいらぎ」。「こんな機会でもないと持ち出せない物」との言葉をいただいた。

 紙幅の関係で自由詠については高得点の歌を何首か掲出しておく。
今後もこの歌会が盛会となるやう、各人の健詠と多くの方の参加を祈り願ひつつ、筆を擱くこととする。

どうしても他人【ひと】をゆるせぬ夜のあり耳の後ろを泡立てこする
  ぱん子
ざわめいたまま終礼は始まらずいつしか森に変わる教室
  泳二
南北日本軍事境界線を越え下校の兵士が吹くリコーダー
    土井礼一郎

(佐藤 元紀 記)
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# by kaban-west | 2016-07-16 21:09 | 歌会報告
2016年 07月 15日

5月歌会報告

かばん関西5月オンライン歌会記

参加者】雨宮司、新井蜜(かばん/塔)、有田里絵、岩井曜、うなはら紅(購読)、泳二(ゲスト)、小野田光、ガク(購読)、黒路よしひろ(ゲスト)、佐藤元紀、塩谷風月(未来/レ・パピエ・シアンⅡ)、雀來豆(未来)、十谷あとり(日月)、杉田抱僕(ゲスト)、橘さやか(ゲスト)、足田久夢(玲瓏/購読)、土井礼一郎、とみいえひろこ、ぱん子(未来)、ふらみらり、ミカヅキカゲリ、村本希理子

進行役の塩谷風月さんが提示した兼題は「風」。今回は参加者それぞれが正選五首のほか逆選三首をえらぶという形式で進められ、いつもより辛口のコメントも多かった。

港から山の街電車たちにもキスをしてゆく風の唇  うらはら紅
はつなつの風を支ふる柱なれ中央分離帯の欅は  十谷あとり
さびしげな風景見せられ眼球に風受けて出る〈すまいる眼科〉  村本希理子

はじめに街の情景を詠みこむ三首。うらはら紅さんの歌では、まず海から港を通じ「山の街」へと風が吹き抜け、人の住む街中で「キス」をする。「港、山、風、といったら神戸を思います。阪急電車。でも阪急電車のシックな感じよりもっと爽やかな印象」(とみいえ)。「風の唇」といった率直な表現は高評価だったものの、結果としては案外逆選が多く、リズムの乱れ、特に句跨りの効果が不明だとする意見が多かった。二首目。街に吹き寄せた風は大通りに入り、「中央分離帯の欅」に支えられながらさらに進む。この把握の仕方は短歌ならではだろう。「立体としてとらえる発想、分けるものではなく支えるものとしてとらえる発想に新しさを感じた」(岩井)。三首目。街に吹く風はやがて人々の暮らしのそばを巡る、などと書きたいところだが、この歌の、眼球に吹き付けられるという風に対しては「眼圧検査ですね」(小野田)といった指摘が複数あり、なるほど納得。「さびしげな風景」は焦点距離の検査の際に見せられる映像のことだろうか。

春風に君のイヤホン抜け落ちて僕と目が合うはじまりの朝  岩井曜
正座せし汝のあしうらに風とまる五月闇 攫われてしまうの  とみいえひろこ

恋愛感情を描くのがこの二首。風のいたずらに恋の芽生える岩井さんの歌。コメントを見ると高校生の恋愛をイメージしたという方が複数おり、それは「春風」とした効果か。ただ「下の句はベタと言えばベタ」(黒路)、「漫画の一場面のようで『どきどき』に欠ける」(足田)といった意見も。一方のとみいえさんの歌では同じ恋を扱うにしても雰囲気ががらりと変わる。「汝のあしうらに風とまる」というとそれはもうきっと「風」ではなく風に託された視線か感情なのだろうか。四句目、五句目の句跨りを通じ一気に感情が高ぶらせていく。「激しい恋の予感」(足田)、「着物に慣れた女性を想像します」(有田)。

波の上【へ】を跳ぶ兎たち見るのだと髪なびかせて磯に立つきみ  新井蜜
西からの生ぬるい風髪に受け鬱々と浮かぶ妹が横顔  ガク
生ぬるい風にふかれて歩く日のあれは筑波の山だねきっと  橘さやか

一首目は弾け飛ぶ白波に兎のかたちを見出そうとしているのか。風の存在は波とともに「髪なびかせて」で示される。「〈自分にとってのかわいい者〉への目線のやさしさ、敬意を感じさせます」(とみいえ)。好奇心旺盛な年若い女の子の印象か。二首目も髪に風があたるのだが、「西からの生ぬるい風」だという。「妹」は「いも」と読ませ、妻を指しているのではとの指摘多数。一首目には「君」に対する羨望にも似た眼差しがあるが、二首目に見出すのは出口の見えない鬱屈した感情だ。「生ぬるい」は風の温度とともに、ふたりの将来に対する失望の象徴のように読める。偶然にも同じ「生ぬるい風」を詠んだのが橘さんで、しかしこちらは遠くの「筑波の山」を見やりながらのむしろさわやかなやり取りだ。「生ぬるい風の不快感、友達とのとりとめない話、ここではないどこか遠くに行きたい気持ち……そういうものが一体となったノスタルジーを感じます」(岩井)。

足早に歩める我を追い越して風がゆつくりなぶる夏草  泳二
草の原むせぶみどりのこくうすく心にぞしむ風のあけぼの  佐藤元紀
風薫る五月、あなたはこの風のなかにいますか。そのものですか。  杉田抱僕

一首目。「我」を追い越した風は、さらにその存在を裏付けるかのように夏草を揺らす。逆選のコメントは「足早」「追い越して」「ゆっくり」の整合性を問うものだが、「『足早』になっても追い越されてしまう、つよい『風』からの圧倒的な暴力の匂いが恐ろしくていい」(ぱん子)と、このズレを積極的にとらえるむきも。二首目は広い草原。「風の撫でる草の原をみどり色の色彩の変化で表現した」(黒路)。ただ「こくうすく」という色の濃淡が出るのは日中のはずで、「風のあけぼの」とした違和も指摘された。三首目。「『千の風になって』を思い出した」(岩井)というように、これも広々とした空間を吹き抜ける自由な風だが、具体的なモチーフは見あたらない。「短歌というより自由詩の雰囲気」と有田さんも言うとおり、杉田さんの「風」は短歌を心地よく裏切る。

油凪 風のひとつも吹いてくれぼやきながらも餌を取り替える  雨宮司
たまづさの君に恋文かきつばた甘樫池【あまかしのいけ】のそよ風に揺る  黒路よしひろ

一首目。釣りだろうか。「油凪」はあぶらを満たしたようにまったく波の立たない様子。「風のひとつもふいてくれ」との重複を指摘するむきがあるが、とぼけたおもしろさも感じられる。二首目。この歌には雨宮さんが「ずいぶん古典的なレトリックを用いているが、たまにはこういった短歌も必要」とおっしゃる。「たまづさの」は手紙を運ぶ使者であるところの「使」や「妹」、あるいはその届け先の「君」にかかる枕詞として知られる。さらには「恋文書きつ」「かきつばた」と掛けことばを採用。技巧的な上の句から池のほとりのカキツバタが風にそよぐ下の句へ至り、清涼感が強調される。

室内用鯉のぼりセット売られおり泳がなくても子がいればよい  有田里絵
向かい風 おのれの力量ためすごとのしのし歩き叫ぶおさなご  ふらみふらり
誘われて出かけなかった日の暮れに風呂場の猫を洗って遊ぶ  雀來豆

こちらの一首目も、泳がない「室内用鯉のぼり」=風の不在を巧みに用いる。「純粋に子供への愛情が感じられるこの歌は評価されていい」(黒路)。ただ歌の内容は至極真っ当な反面、ひねりがないという指摘も。この歌、鯉のぼりを泳がす庭がなくとも子どもがいる幸せをしみじみと感じているととる方が多かったが、例えば子が欲しいのになかなか授からない夫婦が主体とみれば、あえて正論のみの詠いようにも深みが感じられる。二首目。同様に子どもを詠むが、こちらは向かい風を正面から受け「のしのし歩き叫ぶ」という愚直ともいえる表現が子どもの生命力を強調している。最後の歌は必ずしも子どもが主体ととらえなくてもよいのだが、毎日がとてつもなくゆっくり過ぎていった子ども時代に引き戻されるような不思議な魅力がある。今回、正選はこの歌が最も多かった。「誘われて出かけなかった心残り、そう思いながら日が暮れてしまったさみしさ、後ろめたさ」(泳二)。「風呂場」に兼題の「風」を見出すが、村本さんの「家の中は無風で、出かけていたら会っていたはずの風はここにはない。心のわだかまりが外の風を作中主体にかすかにイメージさせている」との指摘にはなるほどと思う。

(土井礼一郎 記)
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# by kaban-west | 2016-07-15 21:03 | 歌会報告
2016年 05月 07日

第2回 現代川柳ヒストリア+川柳フリマに出店いたします

来る5月22日(日)、大阪・たかつガーデンで開催される「第2回 現代川柳ヒストリア+川柳フリマ」に、かばん関西歌会が参加・出店いたします。川柳×短歌の小冊子、歌集、短歌豆本、短歌の巻物、短歌ガチャガチャ、フリーペーパー、歌誌「かばん」バックナンバーなど取りそろえてお待ちいたしております。たくさんの方々とお会い出来ることを楽しみにいたしております。

くわしくはこちらのサイトをご覧下さい。

http://senryu17.web.fc2.com/main-2016-01.html

川柳フリマ出店一覧
あざみエージェント かばん関西 葉ね文庫 私家本工房 川柳カード 川柳北田辺 川柳マガジン 昭和俳句なう ねじまき句会 SH(瀬戸夏子・平岡直子) 73(中山奈々) 俳句と超短篇(江口ちかる) 「現代川柳」(茉莉亜まり)
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# by kaban-west | 2016-05-07 13:27 | こんなところに出ました
2016年 05月 07日

4月歌会報告

かばん関西四月オンライン歌会記

かばん関西オンライン歌会 二〇一六年四月
【参加者】雨宮司、新井蜜(かばん/塔)、伊庭日出樹(購読)、うなはら紅(購読)、泳二(ゲスト)、ガク(講読)、黒路よしひろ(ゲスト)、酒井真帆(未来)、塩谷風月(未来/レ・パピエ・シアンⅡ)、雀來豆(ゲスト)、十谷あとり(日月)、杉田抱僕(ゲスト)、足田久夢(玲瓏の會/購読)、とみいえひろこ、福島直広、ふらみらり、ミカヅキカゲリ(計十七名)
※所属表記なしは「かばん」正会員。

今月の歌会は、進行役の十谷あとりさんの提案で、「いちご摘み」という形式を取りました。「いちご摘み」とは、前の歌から任意の一語をもらって、歌を詠み繋げていくというもの。参加者の感想として、「一つの歌から、色々な異なる発想の歌が生まれていくという楽しさを味わうことができた」、「元歌の作者と魂のふれあいができた」という声があったように、連歌の愉しみが味わえる面白い歌会、スリリングな歌会となりました。

歌会参加者は、十七人。詠まれた短歌は、二百八首。この歌会記では、全ての詠草を掲載することはできませんので、次のような形で、一部を紹介することにします。
A.連想の部:「いちご摘み」の連続によって、次々と読み繋がれていった作品の事例
B.異想の部:一つの短歌を基に、異なる作者の異なる発想によって詠まれた作品の事例
C.その他、印象に残った作品

なお、「いちご摘み」の出発点になる最初の歌は、東直子さんの次の歌をお借りしました。
(出典:『かばん』二〇一六年三月号)

うつくしい灰色の背よ百年をうたいつづけて透けるとびらに


以下、四月歌会の詠草を紹介します。

A.連想 (「いちご摘み」の連続によって、次々と読み繋がれていった作品)

A-1.最初に引用するのは、東直子さんの歌を基に詠み繋がれた五首。摘まれた言葉は、順に、「背」→「坂」→「イチモクサン」→「いない」→「桜」。摘まれながら言葉は生き続け、別の歌に詠まれてゆく。幸せな転生というべきか。では、摘まれなかった言葉はどこへ行くのだろう。こちらも、水面下で密かに同じように流れ続けていると考えるのは、ロマンチックに過ぎるだろうか。

うつくしい灰色の背よ百年をうたいつづけて透けるとびらに  東直子
→ 父の背に触れた記憶を探してる桜咲き初む坂をくだりて  塩谷風月
→ いちもくさん黄泉平坂【よもつひらさか】駆け上り桃へと到る伊弉諾尊【いざなぎのみこと】  雨宮司
→ 覚えてる? イチモクサンがここにいたことを今はいないことを  杉田抱僕
→ いないいない風に散る桜にまかれ いないいないあなたの前から  泳二
→ 決断のときかもしれぬひよどりが桜のはなを食べながら鳴く  新井蜜

A-2.同じく、東直子さん→塩谷風月さんの歌の流れから詠み繋がれた十二首。
先の五首(A-1)と対照するとき、おなじ源流の匂いがするか、それとも遠く離れた支流になっているだろうか。どちらにしても、連歌の愉しさが流れの中によく表れていると思う。

うつくしい灰色の背よ百年をうたいつづけて透けるとびらに  東直子
→ 父の背に触れた記憶を探してる桜咲き初む坂をくだりて  塩谷風月
→ B4の鉛筆走るメモ帖に残る記憶があなたのすべて  うなはら紅
→ 電脳の記憶の蜜の味しめてのちのこころは虫のごとしも  足田久夢
→ 気に掛かることば引っ提げ湿り気を与ふる朝に粗き脈動  うなはら紅
→ 命脈を保つ為には血族の中からひとり人質を出せ  雨宮司
→ 紅のわが地の果ての涯に立ち血族守るに独り吼ゆべく  うなはら紅
→ 沈黙の果てにコトリと音をたて君は小さき茶碗を置きぬ  泳二
→ コトリとう女店主のミャオロンズ黄砂に古き歌の混じりて とみいえひろこ
→ 砂糖楓【メイプル】シロップ舐めつつ空を見あげれば黄砂のなかに浮かぶsaucer  新井蜜
→ 「ホットケーキにメイプルシロップ」詞を書いた穂村弘の黒ぶち眼鏡  雨宮司
→  この夜のすべての澱を呑みこんだように大きな黒犬がいる   雀來豆
→ 黒犬は朝の匂いにわだかまる瞳の中に誰を呼ぶのか  うなはら紅


B.異想 (一つの短歌を基に、異なる作者の異なる発想によって詠まれた作品)

B-1.福島直広さんの作品を基に詠まれた四首。「あるでんて」という言葉の響きを受けた杉田さん、ふらみらりさん、「窓」のイメージをふくらませた新井さん、泳二さん。それぞれ、あっというまに違う世界へ連れて行ってくれる。短歌の世界というのは、いったい幾つあるのだろうかなどと思う。

四階の窓をのび太が飛んでゆく茹であがりつつあるあるでんて  福島直広
→ あるでんての冷製ぱすたすすりつつ録画のたもりにこたえる真夏び  杉田抱僕
教室の窓から見える大平【おおひら】の中腹に咲く山桜花  新井蜜
飛び降りを防止するため本校の全ての窓は嵌め殺しです  泳二
くたくたもアルデンテだと言いきれるあなただから明日は晴れね   ふらみらり

B-2.泳二さんの作品を基にした四首。四人の作者の視点の違いが面白い。こちらも、いま同じ場所に立っていた短歌が、瞬時に遠くの世界まで飛んでいけることを見せてくれる。

沈黙の果てにコトリと音をたて君は小さき茶碗を置きぬ  泳二
→あけぼのの夢の出口に歌を置く夢の歌集は未完なれども  新井蜜
新しいお茶碗買って豆ごはん炊いて小さな春の贅沢  杉田抱僕
コトリとう女店主のミャオロンズ黄砂に古き歌の混じりて とみいえひろこ
沈黙の果てに文明交差点小さな口は白い糸吐く  うなはら紅


C.その他、印象に残った歌

戀人の睫毛ふれあふ春の日の昼の緊急地震速報  新井蜜
→携帯の地震速報くらくらと俺の裸体に目眩がするぜ  黒路よしひろ
※戀人の睫毛→地震速報→俺の裸体と、二首にまたがるイメージが見事に一周してきっちりと着地してしまうという、不思議な連関が面白い。

そうやってまた空豆をポケットにルーズな星に憧れている  福島直広
→空豆を口に含んでテレビ見る君の親指爪が伸びてる  ガク
※空豆と星、空豆とテレビと親指の爪、いずれも独特で且つ絶妙の組み合わせだと思う。

山崎が奏でるギターにかき消され淡い想いは霧に紛れる   いばひでき
→撃ち抜いた犯人【ほし】の太腿踏み躙る映画に似合う霧つて感じ  足田久夢
※突如登場するギター、霧、銃撃、映像感覚のあふれるこの二首。異彩を放っていました。
(でも寂しい)ひかりの梯子登りきり見下ろすきみの生まれた街を  酒井真帆
→この街に呼びかけてみる春の午後ふあーっと桜ひかりの梯子  うなはら紅
※「ひかりの梯子」という美しい言葉で繋がった二首。しかし、酒井さんの作品、()の中に入った「でも寂しい」という初句の力に、思わず震えそうになりました。

深々とかなしい胸を思うとき桜の在り処をめぐる蛾のおと  とみいえひろこ
※とみいえさんのこのとてつもなくかなしい歌には、実は、十谷あとりさんと、ミカヅキカゲリさんの、とてつもなく美しい歌が連なっています。十谷さん、ミカヅキさんの作品は、作者の意向で今回の歌会記には不掲載となりましたが、いつか改めて公開されるのを待ちたいと思います。

(雀來豆、記)
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# by kaban-west | 2016-05-07 13:11 | 歌会報告